ギャワアアアァァァ

 醜い断末魔を上げてモンスターが地面にずしんと沈む。人の気配に釣られたのは一匹ではないようで、戦っているうちに数が増えたおかげで少々手こずってしまった。しかし、漸く一掃出来た。ふぅ、と息をついていると、背後からカチリ……と刻むような音が聞こえた。時計の針が進むような、そんな音。ハッとして振り返ると、少女を閉じ込めた球体に何かが浮かび上がっている。それは先程聞こえた音そのまま、“時計盤”が浮かび上がっていた。不審に眉を顰めていると、再びカチカチと音を立てて時計の針が動き出す。次第にその音は早くなり、物凄い速さで時を刻む針たちがちょうど真上を指したところでぴたりと止まった。

「なん……あっ?!」

 じりじりと近付いて様子を見ていると、突然球体が開き、中にいる少女を投げるように外に放り出した。持ち前の素早さでなんとか地面に叩き付けられる寸前で抱き留め、睨むように球体に視線を向ける。すると、まるで役目は終わったと言わんばかりに少女を閉じ込めていた球体はハラハラと空気に溶けて消えてしまった。

「なんだったんだ……?」
「……ん……」
「!」

 呆然と球体が消えた場所を見つめていると、腕の中にいる少女が身じろいだ。ハッとして顔を覗き込む。放り出された際にローブが落ちてしまった為、先程よりも少女の姿がはっきりとわかる。清楚な白いフリルと深紅のワンピース姿は、まるで何処かのお嬢様のよう。衣類から露出した肌は透き通るように真っ白で、さらりと流れる髪も雪のように白い。今は閉じられた瞼を縁取る睫毛も白くて、本当に“儚い”の一言に尽きるほどに彼女は真っ白だった。閉じられた瞼の向こうはどうなっているのだろうと、「しっかりしろ!」と声をかけて意識を呼び戻そうとする。するとその声が届いたのか、眩しそうにぎゅっと瞼に力が入り、白い睫毛を震わせながらうっすらとその双眸が露になった。

 真っ白の中で一際目立つ、赤。

 吸い込まれるようにじっとその赤い瞳に目を奪われていると、ゆらゆらと辺りを見渡した瞳とかち合った。

「大丈夫かい?」
「……」

 少女はぼんやりとジタンを見つめている。可愛い女の子にじっと見つめられるとソワソワとしてしまうのは男なら誰でもそうだと思うが、此処は目を逸らさずにじっと見つめ返した。すると、形の良い唇がゆっくりと動き出す。

「……ぁ、おい……そら……」
「え?」

 蚊の鳴くような小さな声は更に掠れてしまっていたが、何とか聞き取れた。が、何が言いたいのかはいまいちわからず思わず聞き返してしまった。しかし少女はその問いに答えることはなく、謎の言葉を呟いて力尽きた様にゆっくりと瞳を閉じてしまう。

「あっ、おい!」

 色白と言えば聞こえはいいが、病的にも思えるほどに顔色の悪いその表情にまさかを想定してしまい息を呑んだ。しかしゆっくりと上下する胸元を見て張りつめていた息をほっと吐き出した。良かった、生きている。
 少女の無事が確認できた今、こんなところに用はない。落とさないようにしっかりと抱え直してジタンは急いで劇場艇へと走った。

 一度だけ。一度だけ背後を振り返ったが、やはり何も残っていなかった。彼女が正体不明の球体の中にいたという事実はジタンの中だけにしか残らなかった。







 まだ眠っているようで、ふらふらと不安定な意識が漂っている。それでも目覚めが近いのか、いつもよりも夢は見ない。可笑しいな、いつもならもっと色んなものが見えるのに。……色んなもの?私は、どんなものを見ていただろうか。夢だったのか、現実だったのか、それとも空想か。いつも不安定な意識だったけれど、今じゃそれさえもはっきりしない。

 そもそも、私の“いつも”って、どんなものだった?



「……う、ん……」

 深い水底から逃れるように、ゆっくりと意識が浮上する。そっと瞼を開くと、そこは見慣れない景色。木の板が張り巡らされた天井が視線の先いっぱいに見える。耳を澄ませると、何か機械の……エンジンのような音が聞こえる。何かの乗り物の中なのだろうか。気になって体を起こそうとしたが、それは不発に終わった。体に全く力が入らず、思ったように動かせない。腕を少しだけ動かせただけで、それもかけられた毛布から出すところで力尽きた。どうしよう……そう思っていると、エンジンの音に紛れて足音も聞こえ、それは段々とこの部屋に近付いているようだった。視線だけでもなんとか入り口の方へと向けると同時にその扉が開かれる。

「……ん? …!起きたのかっ」

 入ってきたのは金色の髪を持つ男の人。目が合うとその人は嬉しそうに笑って近付いてきた。その愛想の良さに、全く知らない人なのに不思議と不信感も恐怖もなかった。

「気分はどうだい?」
「…ぁ…っ、ゴホッ…!」

 大丈夫、そう答えようとした言葉は声になるどころか一音も紡げずに喉に不快感を与えた。ごほごほと咳き込んでいると、男の人が体を起こしてくれてゆっくりと背中を擦ってくれた。

「大丈夫、ゆっくりでいいさ」

 声が出せない代わりにこくこくと頷いて咳が鎮まるのを待つ。なんとか落ち着いたところでお礼を言おうとするが、喉の違和感が消えていないことに気付いて力なく喉に手を当てた。

「喉が渇いたのか?ちょうど持ってきたんだ」

 男の人は水が入ったコップを差し出してきた。受け取ろうと手を伸ばしたが、力が入っていないことに気付いたのかコップを持つ手を覆うように一回り大きい手が重ねられた。そのままコップを口元に導かれ、こくり、と喉に流し込む。飲み込んだ瞬間、更に更にと求めるように口を離すことなく飲み進めていった。冷たい水が喉を通るたびに感じていた不快さが引いていくような気がした。これなら、なんとかお礼が言えそう。

「全部飲んだのか?足りなかったかな……もう一度持ってこようか?」

 首を振って申し出を断ると、じっと視線を彼に向けてから口を開く。

「……ぁりがとう」

 まだ弱弱しくはあったものの、今度はしっかりと言葉にできた。それが嬉しくて笑うと、目の前の男の人も「どういたしまして」と嬉しそうに笑ってくれた。