ブランクが現れたその後、態勢を立て直した一同は怒涛の攻めを貫いてモンスターを討ち果たした。特にジタンとブランクはタンタラスで共に戦ってきた経験からか巧みなコンビネーションで翻弄していた。
 地面に力なく倒れたモンスターは忽ち黒い消し炭となって消えていく。この場を支配していたモンスターの力がなくなり、ガーネット姫を閉じ込めていた根の檻もしおしおと力を無くしていく。すかさずスタイナーが駆け寄り、未だ意識のないガーネット姫を見て悲愴な表情を浮かべた。

「姫様、お気を確かにっ!!」

 目を閉じたままのガーネット姫を見てスノーとビビが不安そうに顔を見合わせた。そこへブランクがジタンを急かす。

「ジタン、アレを飲ませるんだ」
「あぁ」

 ジタンが取り出したのは例の解毒薬。相変わらず禍々しい色をしているが、ガーネット姫を助ける為ならば致し方ない。良薬は口に苦し。

「すぐによくなりますぞ」

 薬の効き目はスタイナー自身がよくわかっている。恭しくガーネット姫を抱きかかえ、なんとか薬が間に合ったことに周りもほっと息をついた。

「これで少し休めば大丈夫だね!」
「うん。何処か休める場所は……っ?!」

 その時、突如凄まじい地響きが6人を襲った。驚いて転んでしまったビビに手を貸しながらスノーは周りを見渡した。

「クッ、次はなんだ…!?」

 ブランクが動揺した声を上げていると、先程まで森の主がいた地面が抉れて穴が開く。そしてその中から針のように鋭く尖った手足を持つカマキリのようなモンスターが溢れ出てきたのだ。更には他の場所からもジタンたちを追い詰めるようにやってくるモンスターたち。

「だめだ、囲まれるぞ!!」
「逃げるが勝ちってことか!」
「行けっ!」

 ブランクが先を促すと、ジタンが抜けられそうな場所を見つけて皆を誘導する。先頭をビビが走り、ガーネット姫を抱えたスタイナー、スノー、ブランク、ジタンと続いていく。背後から迫ってくるモンスターの気配を感じながらスノーは必死に足を動かすものの、恐らくこの中で一番体力がない。その為、スタイナーの背中がどんどん離れて行ってしまう。置いて行かれないようにその背を追うものの、途中に高い段差があり思わず一瞬足を止めてしまった。しかし真後ろにいたブランクが「飛べ!」とスノーを促す。意を決して飛び降りると、ぐらりと足元が揺らいでしまったが、同じく飛び降りたジタンが着地をして走り出す勢いのままスノーの腕を掴んで駆ける。引っ張られているおかげで先程よりも断然早く走ってはいるが、あまりの早さに足を捕られないようにするだけで精一杯だった。一度でも立ち止まってしまったら足が動かなくなってしまいそうだ。息も苦しくて、渇いた呼吸が喉を襲う。
 そんな中、何故かジタンが足を止めてしまった。当然、ジタンに引っ張られていたスノーも立ち止まってしまう。

「どうしたんだ!」
「森の様子がおかしい……!」
「これ以上おかしくなるってのか!どうなってんだよ、この森は!?」

 ジタンとブランクが何やら話をしているが、スノーはそれどころではなかった。口から零れる呼気は荒く乱れていて、心臓はばくばくとうるさい程に胸を叩いている。何より、恐らく今までにない程に駆使してしまった足はがくがくと震えていた。立っているだけの状態でやっとだ。自分でもわかる、もう走れない。疲れた頭の中は既に諦めの色が浮かんでいた。

(怖い。死にたくない。でも、もう走れないし、疲れた)

 体が疲労すると思考までも鈍くマイナスになってしまう。それでも一つだけ、決意した。

私を、置いて行ってもらおう。

 未だ呼吸が整わない為に声に出すことは出来なかったが、その意思を示す様にジタンに握られている手を緩めた。離して欲しい、という意味を含めて。しかしそれが彼に伝わる前に再び走り出そうとしたジタンによって強く握り直された。だがやはり、がくがくに震えているスノーの足は縺れ、転んで膝を付いてしまった。

「っスノー!ごめん、大丈夫か!?」
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」

 ジタンは傍に寄ってスノーの顔を覗き込むが、肝心のスノーは顔を俯かせたまま荒い呼吸を繰り返すばかりで返事をする余裕などなかった。いいから、このまま置いて行って。今度こそ握られた手を離すことが出来た。そう、このまま……
 しかし次の瞬間、突然の浮遊感に襲われる。

「っ!!?」

 なんと、ジタンがスノーを抱きかかえてそのまま走り出したのだ。ジタンの腕の中から驚きの表情で彼を見つめる。すると、その視線に気付いたのか、ジタンはスノーにちらりと目を向けて安心させるように微笑んだ。

「少しの間、我慢していてくれるかい、レディ?」

 なんで、という思いは声にならなかった。ジタンの肩越しにすぐ後ろを走るブランクの姿と、更に後ろには無数のモンスターが迫ってくる恐ろしい光景が見える。思わずジタンの服にぎゅっとしがみつくと、それに応えるようにスノーを抱く手にも力が入った。しかし走り進めているうちにスノーの調子は安定してきたが、反対にジタンは苦しそうな息を吐き出している。モンスターに追われる緊張感、長時間の疾走、更にはスノーを抱きかかえている。じわり、と額に滲んだ汗が顎に伝うのを見て、スノーは胸が痛くなった。
 私が、ちゃんと走ることが出来れば。私が、ちゃんと戦うことが出来れば。

私が、いなければ。

 自分の存在がジタンの負担になっていると気付いた。ただでさえ素性のわからない上に記憶喪失だなんて厄介な事情を抱えている。せめてまともに戦闘に参加出来れば少しは負担を軽く出来たものの、それすらもままならない。更にはこの体たらくだ。

 ジタンの腕の中はとても暖かくて、安心出来る。しかし心地よく感じれば感じるほど胸が痛くなった。私は、そんな暖かい人を危険に晒しているのではないだろうか。私さえ居なければ、ジタンはきっと楽に逃げることが出来るのだろう。私は、ジタンの時間を邪魔してしまっている。

「ジタンっ……」

 呼んだ名前は少し震えていて、まるで縋っているようだった。きっと、本心ではそうなのだ。でも、それじゃ、ダメだ。

 ジタンはスノーの呼びかけに答える余裕もなくなっているのか、息を乱しながらただただ走り続けている。お荷物を降ろしてもらおうとジタンの腕から逃れるように身を捻る。しかしそれに気付いたジタンが腕の力を強めた為に叶わない。

「っ……ジタンっ、いいよ、わたし、」
「いいから!!!」

 言葉の続きを言わせないように被せられた言葉は今までにない程に鋭くて、スノーはびくりと肩を跳ねさせながら声を詰まらせてジタンを見上げる。ジタンはこちらを見ることもなく、しかし抱きしめる力を強めることで意志を表している。

「いいから、オレに守られてくれよ」

 先程の怒鳴るような大声とは打って変わり、とても優しく温かい口調で言われた言葉にスノーは泣きそうになった。明らかにお荷物でしかないのに、それでもジタンはスノーを守ろうとしている。決して邪魔には扱わない。置いて行って欲しい。スノーがそう言わんとしていたことに気付いていたのか、彼女が気を負わない様に自分が懇願することで断れないようにしている。自分が守りたいから、守らせてくれと。

 もう、その優しさに縋るしかなかった。だって本当は死にたくない。役に立てないことが酷くもどかしい。許されるなら、この暖かさに身を任せていたい。情けなくて、悔しくて、嬉しくて。目頭が熱くなるのがわかって、溢れてくる涙を隠す様にジタンの首元で顔を隠した。