気付けば音がなくなって、モンスターの姿も見えない。代わりに見えたのはたくさんの本。高い天井いっぱいまでに伸びる本棚にところ狭しと詰め込まれた書籍たち。収まりきらなかったのか、何処からか引っ張り出してきたのか、床にも本が高く積まれている。その本の山の中心に、一人の少女がいた。白い髪に白い肌、紅い瞳。これは自分だと、スノーは思った。随分と小さい、いくつくらいの頃の自分だろうか。これは私の記憶?まるで擦り切れた映像を見返すようにセピア色に包まれた世界、時々ノイズが走るように映像が乱れる。ゆっくりと本を捲る音だけが聞こえる空間。少女はあるページで手を止め、じっくりと眺める。書かれていることを読もうとして、しかし読めない文字があるのかその言葉は不自然に途切れ、少女は困ったように眉を寄せる。何かを声に出しているのはわかるのに、その映像を見ているスノーには何も聞こえない。恐らくは自分の記憶なのだろうが、何を読んでいたのか思い出せない。
「××、何を読んでいるの?」
静寂な世界に突如聞こえてきた声。とても優しくて、涼やかで……それでいて、泣きたくなるほど懐かしいように思える。しかし声が聴こえるだけで姿は見えない。見えるのは少女の姿だけで、恐らくその声の主がいる場所には靄がかかったように霞んでいて姿は確認出来なかった。
「××、×××」
その声に応えるように幼い自分も何かを喋るが、少女の声は聞こえない。
「貴女はとても聡い子ね」
嬉しそうな声で褒められると、少女も嬉しそうに笑う。
「これはね、こう言うのよ」
*
ジタンはこの窮地の中、努めて冷静に頭を働かせる。まずは何も見えないこの視界をどうにかしようと思ったところで、先程モンスターから盗んだアイテムの存在を思い出した。クリアになった視界に映ったのは、スノーに今にも振り落とさんとされるモンスターの攻撃。息を呑んだジタンは体に残っていた痺れも気にせずに駆け出した。しかし、振り落とされる勢いに間に合わない。
(畜生ッ、もっと、もっと早く動け!!)
その時、この空間にそぐわないほどに静かな声が聞こえた。静かなのに、はっきりと耳に入ってくる声。
「……時よ、足を休め、選ばれし者にのみ恩恵を与えよ……!」
スロウ!!
カチチ、と時計の針の音が聞こえ、それは段々と鈍く遅くなっていく。時計の音がゆっくりになるのに合わせて、目の前のモンスターの動きが鈍くなる。勢いよく振り下ろされていたはずの触手がその勢いを削がれ、スローモーションになった。
「…ッハ、ッハ……!」
詠唱を終えると、スノーは張りつめていた息を吐き出した。しかし、視線はモンスターの触手に釘付けされたままだ。
「スノー!」 「っ!」
ジタンの声に、スノーはやっと視線を外すことが出来た。スノーの傍まで来たジタンは庇うようにモンスターとの間に体を滑り込ませる。しかし、モンスターのノロノロとした動きにジタンは訝しげに眉を寄せる。
「スノーがなんかしたのか?さっき、魔法を使ってたみたいだけど……」 「あ……た、ぶん……急に、思い出した……のかな……」
まるで白昼夢を見ていたような気分だ。自分が何者なのか知りたい情報は一切わからなかったけれど、一つだけわかった。スノーは魔法が使える。しかしビビのような魔法とは違う気がする。ビビの魔法は相手にダメージを与えるものだったが、スノーの魔法は攻撃が目的ではないように思えた。
「これ、ずっとこのままか?」 「えと……多分、一定時間経ったら戻っちゃう、かも」
何しろ“スノー”になってから初めての魔法なので、自分自身もよくわかっていない。でも不思議と詠唱した魔法はとても扱いやすいように感じた。
「ぐぬぬ……なんだ、何が起こっているのだ!?」 「何にも見えないよ〜」
戦闘の音が聞こえず困惑したスタイナーとビビの声で思い出した。そうだ、まだ二人の暗闇状態を解いていない。しかし目薬は自分で使った一つしか持っておらず、二人の視界を治してあげることが出来ない。今のところモンスターは動きが鈍くなっているがいつ元に戻ってしまうかわからない以上、むやみやたらに突っ込ませるわけにもいかない。取り敢えず、自分だけでもダメージを与えておこうか。そう思って武器を構えた矢先だった。
「危なっかしくて見てられねーな!」
スタイナーとビビの背後から覗く赤い髪。
「ブランク!?」
それはプリマビスタで別れたはずのブランクだった。
「おらよ、これで見えるようになったろ」 「む……!貴様、何故ここに!?」 「戻った……ありがとう」
ブランクが持っていた目薬のおかげでスタイナーとビビの暗闇状態も解けた。ブランクはスタイナーの疑問に特に答えることもなく、モンスターを挟んだ反対側にいるジタンに顔を向けた。
「さっさと片付けるぞ、ジタン!」 「…あぁ!」
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