「ここはモンスターの気配がしないな」

 ガーネット姫が連れ去られた場所から更に奥へと進む。途中ファングやゴブリンといったモンスターが襲ってきたが、スノーが手を出す間もなく他の三人が倒していた。特にスタイナーの剣捌きは素晴らしいもので、一撃でファングを倒していたのには驚いた。やっぱり強いんだ、とスノーとビビは心強さにほっと息をつく。しかしビビも負けてはおらず、有効だと言われた黒魔法を惜しみなく使ってモンスターを撃退している。まだ怖さは抜けていないようでジタンとスタイナーの後ろから杖を振るっていた。ジタンも言わずもがな、優れた判断力と持ち前の身軽さを駆使して華麗に立ち回っていた。当然、スノーを守ることも忘れない。スノーと言えば、ハープを構えてはいるもののビビと並んで後方からポーションを使う係に徹していた。三人の内誰かが軽傷を負う度におろおろとポーションを使っていた為にそれなりに消費しているが、それ以上にいつの間にかモンスターからアイテムを盗んだジタンがスノーにほいほいと投げて寄越すのであまり困ってはいなかった。攻撃には参加出来なくてもちゃんと役に立てている、とスノーはほっとする。
 進んだ先にはとても大きな木の幹があった。以前はこの森の中で一番大きな木であっただろうそれは悲しいかな、今は人の身の丈ほどで伐れてしまっている。しかしその為ぽっかりと空いたその空間には惜しみなく月の光が降り注ぎ、とても幻想的な雰囲気だった。幹に溜まった水がきらきらと輝いている。

「ん……旨いな」
「飲めるの?」
「そうみたいだ。あ、それに新しく入れてやるよ」
「うん、ありがとう」

 月の光を浴びた水は不思議な力を宿しているらしく、飲めば疲れた体が癒された。

「……多分、この先だ」

 ジタンがそう言って振り返る。視線を受けた面々は承知したように頷いた。

「行くぜ!」







 奥に進むにつれて地面に這う根っこが増える。絡みつくように、覆い尽くす様に伸びるそれは不気味だ。そしてそれと同時に嫌な気配も強くなっていった。恐らくこの先に森の主が居る。

「こいつが親玉か!」

 その先に居たのは。先程までのモンスターとは比べ物にならないほどの巨体を持った花。しかし美しいはずの花はまるで人を喰ったような毒々しい色に染まり、幹のように太い触手が四本伸びている。中心から動くことは出来ないようだが、ここは謂わば敵のテリトリー。油断は禁物だ。

「姫様〜っ!」

 スタイナーの叫び声に目を向けると、モンスターの後ろにぐったりと倒れこんでいるガーネット姫の姿があった。遠くからでもわかるほどに顔色が悪い。ビビたちと同じようにタネが植え付けられているならばモタモタしている時間はない。ないのだが。

「貴様は一切手出しするなっ!」

 此処まで来て尚もジタンに噛みつくスタイナー。ガーネット姫を助ける為に此処まで来たというのに、突然ジタンを突っぱねたスタイナーにスノーとビビは驚いた。しかしジタン本人はモンスターに睨みを利かせたまま反論する。

「アレクサンドリアの姫が盗賊に助けられたとあっては……」
「一人で手に負える相手か!!」
「ムムム……」
「来るぞっ、スノー、ビビ!!」

 スタイナーが渋っていてもモンスターにはそんなことは関係ない。手を出しても出さなくても襲ってくる。各々は武器を構えて戦闘態勢に入った。

 触手が伸びる範囲には限界があるようで、その範囲に入らなければ攻撃を喰らうことはない。しかし、同時にこちらの攻撃も当たらない。ビビは触手が当たらない後方で魔法攻撃を続ける中、ジタンとスタイナーは蠢く触手を躱しながらモンスターに斬りこんでいく。そんなジタンたちを振り払おうと叩き付けられる触手は軽々と地面を抉っていてぞっとした。今回ばかりはスノーも回復に徹するのはやめて、隙を見て自分も攻撃をしている。ビビと同じように遠距離での攻撃が可能なので、触手の範囲外から。しかしモンスターにとっては針で刺された程度の感覚なのか、重たい攻撃を与えるジタンやスタイナーばかりが鬱陶しそうに狙われている。

(今のうちに、お姫様を助けられないかな)

 モンスターがジタンとスタイナーを狙っているうちにそろりそろりと壁を伝ってガーネット姫に近付いていくスノー。途中目が合ったジタンには驚いた表情をされたけれど、無言でガーネット姫を指さすと難しそうな顔をした後に渋々頷いていた。

 モンスターから伸びる根っこは地面だけに留まらず壁にまで達している。ガーネット姫は地面から離れた場所で横たわり、檻のように囲んだ根っこに捕まっていた。上手く根っこに足を引っかけて登り、ガーネット姫に近付いていく。そうして檻の前までくるとぐっと根っこを掴んだ。しかし当然、びくともしない。檻の中に入ろうにも、手を差し入れるだけで精一杯だった。助けるつもりで此処まできたが、一人ではどうすることも出来ない事態にスノーが頭を悩ませていると、辺りが一瞬昼間のように眩しく光り、次いで耳を劈くようなバチバチという轟音が聞こえた。そして、ジタンたちの悲鳴。

「うわぁぁ!」
「?! っジタン!!」

 ちょこまかと動くジタンたちに痺れを切らしたモンスターが魔法を使ったのだ。目で動きを追える触手は避けられても、予測出来ない魔法は避けられない。まともに喰らってしまった三人は全身を貫くような痺れにがくんと膝をついた。そして、ぐるん、とモンスターが後ろを向いた。気付かれていないと思ったが、どうやらほっとかれていただけらしい。中央にある小さな口から鋭い牙が覗き、獲物を捕らえて涎を垂らす。捕食者のそれを受けて、スノーは恐怖に背筋を凍らせた。縋るように掴んだ根っこから手が離せない。

「っくそ……スノー、逃げろ……!」

 武器を支えにジタンが立ち上がる。が、痺れは続いているようで膝が震えている。そんなジタンたちに追い打ちをかけるようにモンスターは花粉を撒き散らした。

「わぁぁ!」
「くっ……なんだ、何も見えん…!」

 ジタンたちは動きも視界も封じられた、援護は期待出来ない。自分だけでどうにかしなければならないのに、頭が回らない。此処に来るまでの間、ずっと自分は後ろにいてまともに戦闘に参加していなかったのだ。

 スノーに狙いを定めたモンスターはまるで甚振るように触手をくねらせ、その度にびくびくと震えるスノーの反応を楽しんでいるように思えた。そして、不意にぴたりと動きを止め、棘の生えた触手をスノーに向かって勢いよく振り下ろす。地面さえも抉る、あの勢いで。

「…っスノー!!!」

 此方の様子は見えていないのに、まるでスノーの危機を察したようにジタンが叫ぶ。目の前に迫る触手がスローモーションに見えて、目が離せない。そして、ジジ……と映像が乱れるようなノイズが走り、次の瞬間スノーの目には別の映像が流れていた。