「緊張して喋れなくなるなんて、案外可愛いとこあるんスね」

 10人の女の子に聞いたら10人はかっこいいというであろう男。勿論私もかっこいい方だとは思う。モデルみたいに背も高くて(実際モデルなんだけど)、羨ましいほどに顔のパーツは整っている。睫毛なんて、女の子より長いんじゃないか。そんな、世の女の子たちが目をハートにしてしまう、絵に描いたようなイケメン君。そんな男の子に“可愛い”なんて言われた日には、その日を命日とする女の子が続出するのだろう。が、しかし。

「俺に可愛いって言われてチベスナみたいな顔されたの初めてっス」

 かっこいいとは思ってもときめきはしないし、可愛いと言われても嬉しくないどころか好きな人がいる今は「お前じゃない」と思ってしまうのでこの反応は仕方がないと思う。アーウン、ドウモアリガトー。

「はぁ……まずは普通に話せるようにならないと」
「やっぱ挨拶からじゃないっスか?後輩に元気よく挨拶されたら、良い子だなった思うし」
「それは思った。バスケ部さ、朝練あるでしょ?」
「朝は基本自由参加だけど、森山先輩はいつもいるっスね」
「何時からなの」
「7時から開放してるっス」

 私の家から海常高校まではバスで30分。メイクなどの朝の準備や朝ごはんのことを考えると一時間は余裕が欲しい。結果……5時半起き?

「きっつ……」

 部活の朝練など経験のない私は当然そんな早起きしたこともない。でもチャンスは自分で掴まなくては。

「……明日から頑張ってみる」
「その意気っス!」
「黄瀬は朝練出てんの?」
「ギリギリまで寝てたいっス」
「出ろよ一年」

 黄瀬だけが惰眠を貪るだなんて許さない。







 黄瀬の情報により森山先輩が利用しているバスを知ると、その時間に合わせてめちゃくちゃ早起きをした。早過ぎて母親も起きておらず、当然朝ごはんなどあるわけがない。途中コンビニで朝ごはんを買おうと決めて、期待にドキドキと胸を躍らせながら家を出た。しかし滅多にしない早起きとバスの心地よい揺れも相まって私は直ぐに夢の中へと誘われてしまった。慣れないことをするとこうなる。気付いたら海常高校の最寄駅を5つも過ぎてしまっていた、私のバカ。急いでバスを乗り換えて引き返したものの案の定既に練習は始まってしまっていた。先輩の姿を見ることが出来たのは体育館の入り口を一瞬だけ覗いたその時だけ、というのが今日のハイライト。悲しい。放課後の練習は行かなかった。明日こそは先輩におはようを言うためにしっかり早寝をしてバスを寝過ごすという失態など侵さないようにしなければ。見たかったドラマは録画して、21時にはベッドに入った。小学生か。

 しかし早寝をしたおかげで今日の目覚めはとても良い。メイクの乗りも良いし、髪も上手く巻けた。そして気合を入れてバスに乗り込んだ私は、眠ってしまった。ほんとバカ。



「起きて」

 心地よい微睡みから引き摺り出そうとする声が聞こえる。バスの揺れとは違う速度で肩を揺さぶられ、思わず眉が寄ってしまう。眠りから覚めることを拒むように小さく唸ると、「起きて」とまた一声。低くて、でも優しい声色に眉間の山が穏やかになっていくのがわかる。その声に惹かれるようにゆっくりと瞼を開くと目に前に広がるのは座席と、少し上にある電光板に“海常高校前”の文字。

「……あっ??!」

 しまった、また眠ってしまった!ちょうどバスは止まっていて、バックミラー越しにこちらを見つめる運転手と目が合った。どうやら私が降りるのを待ってくれているようで、慌てて椅子から立ち上がろうとして躓いた。そんな私の腕を掴んだ誰かが私の通学鞄と背中を押しながら出口まで促してくれた。定期を見せながらヘコヘコと頭を下げてバスから降りた。どうやら降車駅が同じらしい起こしてくれた人にお礼を言おうと振り返って驚いた。

「も……りやま、せんぱい」
「やっぱりあの時の黄瀬と同じクラスの女の子だよね」

 目の前の展開に追いつけなくてぱくぱくと金魚のように口を開閉させながらこくこくと頷いた。そして流れで一緒に登校する形になって、もう何が何だか。私今日死ぬの?

「あ、あのっ!起こしてくれて、ありがとうございますっ」

 恐らく顔を真っ赤にしながらなんとかお礼を言うと、森山先輩は「どういたしまして」と笑った。かっこいい。かっこよすぎて、「また寝過ごすところでした」と要らないことまで口にしてしまった。

「もしかして、昨日あのままずっと寝ちゃってたか」
「えっ」
「昨日も、駅近くまで来ても起きなかったから。流石に止まれば起きるかと思ったけど……」

 起こせば良かったね、ごめん。と謝罪までされてしまい、首が取れてしまうんじゃないかというほど首を振った。先輩のせいじゃない、というか、寝ているところを見られたのか。しかも二度も。

「い、いえっ、先輩は悪くないですっ!バスが揺り籠みたいに揺れるからっ、眠りを誘ってくるから、あのっ」
「……ははっ!確かに、バスの揺れは眠くなるな」

 途中から言ってることが意味わかんなくて、先輩じゃなくてバスが悪い!とか、どう考えても私が悪い。でもでも、先輩が笑ってくれたから、なんかいいや。

「随分早起きだね、部活?」
「いや、部活は入ってないです」
「そうなの?じゃあなんか用事?」

 先輩に会いたくて、なんて。そんな正直に言えるわけもなくて、「早く起きちゃったから」と言葉を濁した。そのくせバスで寝過ごすなんておバカすぎるけれど。でも、先輩から話しかけてもらえたからラッキー。

 その後体育館への分かれ道までのたった数分間だったけれど、とても幸せな時間を味わえた。明日も寝過ごさないように気を付けてね、だって。優しい、かっこいい。超気を付けるわ。



「あ……おはようって言えなかった……」

 明日またリベンジしよう。