あの人を見つけてすぐに練習が始まり、案の定黄瀬に熱を上げていた女子生徒達は体育館から追い出された。特に黄瀬目当てではなかった私も例外ではない。聞けば海常バスケ部は全国常連の強豪らしく、まぁ当然の対応だろう。いや、例えバスケ部じゃなくてもあの姦しすぎる声援の中で練習なんてとてもじゃないけど気が散ってしょうがない。 って、黄瀬のことなんかどうでもいいんだ!まだ在校しているということは二年生か三年生。コート整備とか準備とかは他の人が進んでやっていたから、もしかしたら最高学年なのかも。とにもかくにも見つけることが出来た私は相当浮き足立っていた。だって、こんなに早く見つかるなんて思ってみなかったのだ。しかし相変わらずクラスはわからないので突撃することも出来ない。というか、よくよく考えれば上級生のクラスにふらふら行こうとしていたなんてとんだ怖いもの知らずだ。恋は本当に冷静な判断を鈍くするな…… 此処は安全に、唯一の繋がりである黄瀬を頼ることにした。ぶっちゃけ話したことがないし、興味もない上に恐らく私たちはお互い苦手なタイプだと思う。黄瀬チャラそう。……って、同じく金髪ピアスの私が言えることじゃないけど。私は見た目は派手だけど遊んでいるわけではない。しかし、此処は苦手意識と恥を捨ててでも黄瀬に頼み込むしかない。あの人の事が知りたい。まだ名前も知らないんだ。そう、名前。まずはそれからだ。
「あ、あのさ、黄瀬、くんっ」 「はい?」
吃りながらもなんとか呼びかければ、不思議そうに振り返る。そして、私を見てまた不思議そうに目を瞬かせる。まぁ話したことないし、当然だろう。
「あの……昨日、バスケ部見に行ったんだ。それで、あの……」
喋ったことがない男の子に自分の好きな人を教えてしまう羞恥心に口が震える。でも頼れるのは目の前のモデルさんだけ。行け、行くんだ!チャンスは掴んでこそだ! しかし、恥じらう私の姿を見てこの男は何を勘違いしたのか。惚れ惚れするような、それでいて壁を作るような素敵な笑みを浮かべた。
「あー、マネージャーは募集してないッス。俺のこと近くで応援したいのはわかるッスけど、ごめんね」
私は一瞬何を言われたのかわからなかった。私たちの会話を盗み聞きしていた周りの女の子が、黄瀬の言葉に落胆している様子が伝わる。いや、それがなんだと言うんだ。あれ?なんか私、クラスメイトの前で黄瀬に振られたようになってる?別に告白したわけじゃないけど、黄瀬が好きで近くに居たいが為にマネージャーになろうとしたけど断られたの巻。というのが周りの見方だろう。 いやふざけんな。先程まであった羞恥心は一気に吹き飛んだ。
「お前に興味はねーよ!!!」
*
「女の子に啖呵切られたのなんて初めてッス」
目の前でしみじみ言う男、黄瀬涼太。1へぇ。感心の方でなくて、あっそうの方。いやもう1にも満たないわ、0.5へぇだわ。どうっっっでもいいわ。私が欲しいのは黄瀬の情報ではない。
「そう。初めて奪ってゴメンネ」 「めちゃくちゃ棒読みッスよ!」
まぁ、どうでもいいからね……。ズゴーと、飲んでいたイチゴミルクが音を立てた。
「それで、何なんスか?俺に興味ないなら、なんでバスケ部?」
黄瀬はバスケ部に用がある女の子は全て自分関係だと自負しているのか、自分に興味がないと言った私のことが不思議でならないらしい。大した自信だ、と黄瀬を見つめる私の視線はさぞ冷めたものになっていただろう。それに気付いた黄瀬が慌てたように取り繕い始めた。
「ご、ごめんって!じゃああれっスか、気になる先輩がいるとか?昨日練習見て一目惚れしちゃった?」
俺以外に見惚れるなんて珍しいっスね、とまたまた黄瀬が何だかほざいているが私は「気になる先輩」というワードにあからさまに視線を逸らした。ついでに顔も真っ赤になっていると思う。わかりやすい反応に目の前の男が「まじっスか!」と騒いでいる。いちいち大袈裟に反応するけど、そんなに自分に興味を持たれないことが珍しいのか。まぁ、黄瀬のことはほっといて。程よく察しの良い黄瀬のおかげでどうやら話が進みそうで、何とか赤い頬を抑えながら視線を戻した。
「あの、背の高くて……」 「皆高いっスけどね」 「茶化さず聞けよ」 「うぃっす」
ちょっとイラッとしたけど、あの人の情報を得るためならば我慢しよう。
「黒髪の人、多分三年生?」 「うーん……それ特定しずらいんスけど。指示出してた人っスか?」 「あー違う。その人多分キャプテンでしょ?」
先輩だとは思うけれど、それは多分違う人だ。というか、あの人しか見ていなかったからその指示を出していたキャプテンさんがどんな人かがわからない。黒髪だったのか。
「他にはなんかないんスか」 「えーとね……何か、シュートいっぱい打ってた」 「練習なんだから皆するっスよ!」
確かに。黒髪のイケメンだと言いたいところだが、言った所でどうせ「俺の方がイケメンっスよ!」と返されるのが目に見えている。数回会話しただけで黄瀬のことを理解し始めてきた、最悪だ……
「んー……あ。何かね、ちょっと遠いとこから打ってたよ。3Pだっけ?」 「3P……あー、っと……」
すると、思い当たる人物が浮かんだのか何故か歯切れが悪くなる黄瀬。
「……その人、ちょっと特徴ある打ち方してなかったっスか」 「特徴?って言われても、バスケ詳しくないからなぁ」 「打ったボール、ふらふらしてなかったっスか」
確信している様子の黄瀬に、私は昨日の様子を思い出す。あの人だけをずっと目で追ってはいたが、正直放たれたボールの軌道なんていちいち確認していない。私が興味あるのはバスケでもボールでもなく、あの人だったから。……でも確かに、ミスったのかな?と思うくらいには不安定なボールだった、ような気がする。
「……してた、かも」
何とか記憶を掘り返して答えると、その瞬間黄瀬は顔を机へ突っ伏した。え、何事。
「何、どうしたの」 「あー……森山先輩っスか〜……」 「黄瀬くん、ワンモア」 「……それ、多分森山先輩っス」 「もりやま、せんぱい……」
何だか黄瀬がげっそりしているようだが、そんなことはどうでもいい。ついに、ついに名前がわかった!森山先輩。
「下の名前は」 「えーと……あれ、なんだっけ?」 「先輩の名前もわかんないの?調子乗ってんの?」 「乗ってないっスよ!だって下の名前なんて女の子しか呼ばないし……」 「呼んであげるんだ」 「まぁ、彼女だったらね」
見た目チャラいけど、女の子には淡泊そうだと思っていた。何だ、好きな子にはしっかりするんだな。ちょっとだけ見直した。しかし。
「ちょっと名前聞いてきてよ。というか連絡先登録してないの?」 「あ、そっか!」
その手があったか、と思い出した黄瀬はスマホを取り出して操作をしている。
「あったっス!ほら」
ほら、と見せられた画面には文字と数字の羅列が並んだ画面。名前だけでなく、電話番号とアドレスまで表示されている。黄瀬、個人情報って知ってる?名前を聞き出そうとしている私が言えることじゃないかもしれないけれど、名前だけ口頭で教えてくれれば良いんだよ。
「ついでに登録するっスか?多分教えてもいいって言ってくれるっスよ」
それはとても甘美な誘惑だった。でも。
「いい。そういうのは仲良くなって自分から聞く」
何から何まで黄瀬を頼るつもりはない。アピールは自分で行わないと意味がない。興味をそそられる文字と数字の羅列から目を逸らし、名前の部分だけ食い入るように見つめて覚えた。
「もりやま、よしたか……」
森山由孝、先輩。確かめるように自分の口で呟いた瞬間、今度は私が机に突っ伏した。目の前で黄瀬が驚いている声が聞こえる。
「ちょ、どうしたんスか!」 「……名前さえかっこいい……」 「あ、そっスか……」
title:喉元にカッター様
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