金髪に染めた髪に、くるくるに巻かれたヘアスタイル。耳にはピアスを開けて、中学生にしては派手な出で立ちをしているのが私。これらの派手なスタイルは全て、大好きな彼の為だった。

 当時クラスの人気者だった彼と彼氏彼女の仲になった私は、彼と並んで歩く為に必死で努力をした。くるん、と巻かれた髪がオシャレだと言っていたのを聞けば、手先の不器用さに苦戦して時々火傷を作りながらもせっせとコテでふわふわの髪を目指した。雑誌を読む彼が、「これ良いな」とペアピアスを指差していたのを見て、ピアスを開けた。痛いのは大嫌いだったけれど、彼をお揃いのピアスを付ける為に我慢した。大人っぽいメイクが好きだと言われれば、母親のメイク道具を借りてファッション雑誌のモデルさんを見本に勉強した。何もかも全て、大好きな彼の為。

そして中学三年の六月。その彼氏に振られた。

 原因は彼の浮気だった。
 他校の女の子と歩いていたという友達の証言を聞き、彼に追求したところ逆ギレされた。挙句の果てには浮気相手は私の方なのだと告げられてそのままこっぴどく振られたのだ。振られて数日は、湧き上がる怒りによってまだ自分を保っていられた。しかしある日の放課後、それすらも足元から崩れ落ちた。彼と並んで歩く女の子。あぁ、傷んだ私の髪と違って、本当にふわふわでオシャレなヘアスタイルをしている。不器用なくせに自分でカラーをしたからだ。あぁ、ここからじゃはっきり見えないけれど、二人の指に光るそれはペアリングかな。きっとピアスもお揃いなんだろう。あぁ、ちらりと見えた彼女の横顔。とても落ち着いていて大人っぽかった。もしかして年上だったりするのかな。けれど、今となってはどうでもいい。最後の最後、彼は私にとても不誠実だったけれど、彼女の隣を歩く彼は幸せそうだった。私では駄目だったんだと、思い知らされる。



 いつの間にか逃げるように二人から離れていた私は、頬にかかった冷たい一粒に漸く顔を上げる。気付けば知らない場所にいた。最初はぽつりぽつりと窺うように降っていたそれは次第に勢いを上げ、遂にはザァーと音を増して容赦なく私に降り注いだ。確か、鞄の中に折り畳み傘が入っていたような気がするが、わざわざ取り出す気はさらさらなかった。痛いほどに肌に叩きつけられる雨粒が心地よく感じる。びしょ濡れになるのも構わずに歩き続ける私を、通り過ぎる人たちは不思議そうに振り返っている。けれどもそれも一瞬で、直ぐに私のことなど忘れたように前を向いて行ってしまう。私のことなんて誰も気にしないんだ、そう思った瞬間歩く気力さえなくなってしまった。呆然と立ち尽くす私を、好奇の目で盗み見ても心配の色はない。上を見上げると、どんよりと曇っている空が見える。まるで私みたい。平等に、そして残酷に降り続ける雨は私の全身を余すことなく濡らす。私、泣いてるのかなぁ。そこまで考えて、自分のことなのにまるで他人事みたいだな、となんだか笑いたくなった。きっと乾いた笑いしか出ないけど。どうしよう。帰らないと。まず此処は何処だろう。何処でもいいかな。

 何も考えたくないなぁ。



「風邪引いちゃうよ」

 不意に雨が止み、曇った空から藍色の景色へと変わった。そしてすぐ近くで聞こえた声。低いその声は男の人のもので、でも、彼じゃないのはわかる。ゆっくりと声の聞こえた方へ顔を向ける。目の合ったその人はハッと息を詰め、僅かに眉を寄せた。

「女の子が体を冷やすのはよくないよ」

 そう言って下げているスポーツバッグからタオルを差し出された。受け取らずにそれをじっと見ていると、濡れている頬へ押し付けられるように渡される。反射的に受け取ってしまったそれは頬の水分を吸って濡れてしまった。使うつもりはなかったのに。しかし、水分がなくなったはずの頬から水が滴る感触がする。あぁ、髪も濡れているからな。けれど、なんだかとても温かい気がする。温かい水が、ずっと同じ場所を滴っているのだ。

「……泣かないで」

 目の前にいる男の人が酷く辛そうに言った。あぁ、やっぱり私泣いてたんだ。理解した途端、洪水のように涙が溢れているのがわかる。止める術を知らない私は、ただただ制御できない感情を吐き出すように流し続けるしかない。

「送っていくよ」

 何を言われても無反応だった私が、その言葉にだけは首を横に振った。見知らぬ男の人への遠慮とかではなく、ただ単に一人でいたかったから。

「……一人がいい?」

 こくり、と頷く。二人の間に沈黙が降り、雨粒が傘を叩く音だけが聞こえる。ザーザーと一定の音を聞いていると、少しだけ頭が冷静になってきた気がする。この人はよく知らない女の子に傘を差し出せるな、とか。あまつ送っていくとか、お人好しが過ぎるな、とか。傘の中で聞こえる低い声が、とても優しくて心地が良いな、とか。

「一人で帰れる?」

 声を出したら酷い嗚咽が漏れそうで、また頷く。すると、突然タオルを持っていない方の手を握られて驚いて顔を上げた。驚いている私を余所に、男の人は持っていた傘を無理矢理ぎゅっと握らせる。

「送らせてもらえないのは残念だけど、濡れて帰らせるわけにはいかないから。使って」

 言うだけ言った男の人は傘から抜け出し、雨の中を走り去ってしまった。引き止める暇さえなかった私は、呆然とその背を見送った。どこまでお人好しなんだ、タオルも傘も差し出して、結果自分が濡れて帰るなんて。追いかけようにも既にその人は大分遠くに行ってしまったし、追いつけない。せめて何処の誰かわかれば、と彼が着ていた制服を思い出す。あのグレーの制服は確か、海常、だったか。

「かいじょう、こうこう……」

 掠れた声で呟かれた言葉は雨音でかき消されてしまった。



title:るるる様