「アナタがごんべちゃんね!アタシは金色小春。ユウくんから話は聞いてるで」
「う、うちも小春くんの話いっぱい聞いててん。やから会えて嬉しい」
「いやん!小春くん、やのうて、小春ちゃん、て呼んでや〜」
「こ、小春ちゃん?」
「なにかしら〜?」
「小春ちゃんっ」

 まるで女友達が出来たみたいだなぁとごんべは思う。
 一氏に連れてこられたのは被服室だった。一見馴染みのない部屋のように思えるが、ネタにつかう小道具を手作りする一氏にとってはテニス部と同じくらい居心地が良い場所だ。ここで小春・ユウジのラブルスペアがお昼を食べていることは四天宝寺の生徒にとっては周知の事実なので邪魔する輩はまずいない。なので周りの目を気にすることなく漸く落ち着けたことに安堵したごんべは教室にいた時とは打って変わって、元気に小春とお喋りに花を咲かせていた。三人が囲んでいるテーブルに乗っているのは三つのお弁当。小さな弁当箱は勿論ごんべのもので、二つのでかい二段弁当は小春と一氏のものだ。可愛らしいピンクの弁当箱でも、食べる量は流石運動部男子の小春である。

「そういえば二組って蔵リン達と一緒のクラスやろ?」
「え、くらりん?」
「白石蔵之介っちゅーイケメンくんやで!」
「あぁ、白石くんな。隣の席になったんよ」

 そこで漸く、会話に参加していなかった一氏が顔を上げた。

「あーそういえばおった気が」
「隣にいたと思うで?金髪の……おしたり?くんと教室で食べるー言うてたから」
「あぁ、謙也もおったわ」
「友達とちゃうん?」
「小春を狙う敵や」
「はー……小春ちゃん人気なんやねぇ」

 心底すごい、と思っているようにごんべは感嘆の声を漏らした。

「で、自分はどうなん。ちゃんとやれてるんか」
「う……いっぱいお話したよ……?」
「質問攻めという名の一方的な会話やろ」
「あー転校生の宿命やねぇ」
「ち、ちゃんと返事したで!無視はせぇへんよっ」
「嫌なら嫌ってちゃんと言えや」
「うぅ……」

 一氏とごんべ。この二人は所謂“幼馴染”という関係になる。両親同士がとても仲が良く、更には家も近い為、同い年の二人はいつも一緒にいた。その為、普段なら毛嫌いするであろうウジウジとしたごんべの態度も一氏にとっては慣れっこなのである。ごんべの態度に慣れただけであって、ウジウジした奴は変わらず嫌いではあるが。

「嫌なわけやないんよ、話しかけてくれて嬉しいし……」
「ごんべちゃんは人見知りなんやなぁ。せやから今日はユウくんが此処連れてきてくれたんやろ?」

 転校初日。見た目通り気が弱く人見知りで泣き虫な節があるごんべが、事あるごとにある質問攻めに耐えられなくなるだろうと見越して連れ出したのだ。早々にごんべの性格を理解してくれた女子生徒のおかげで集まってくる人数は減りはしたが、教室の外から遠目で眺めてくる目には耐えられなかった。

「別に……小春に紹介するて約束したから連れてきただけや」

 ふん、とそっぽを向きながらパックジュースを啜る一氏。素っ気無い態度ではあるものの、それはただの照れ隠しなのだと付き合いの深い二人は理解していた。

「ユウくんは幼馴染思いやね〜」
「うん、ユウちゃん優しいねん」

 一氏を褒められるとごんべはまるで自分のことのように嬉しそうにへにゃりと笑った。と、その情けなく緩んだ頬をむにっと引っ張られる。

「アホ面晒してんなや」
「ユウちゃんいたい〜」

 傍から見ればカップルのように見えなくもないじゃれ合いに小春は頬杖をつきながらニヤニヤと口元に笑みを浮かべる。同じクラスではないから、助けてやることは出来ない。せめてご飯を食べるときくらい、落ち着いて過ごせるように、と気の知れた者だけを集めての昼食。勿論小春とごんべは今日初めて会ったわけだけれど、一氏から毎日のように話を聞いていた為か標準装備である人見知りが発動しなかったのだ。出会う前から友達になっていたような気分だ。と、小春は何の気なしに視線を下ろした先のものを見てある事に気付いた。

「なぁ、そのお弁当……」

中身、一緒やね。

 弁当箱の大きさは明らかに違うものの、詰められた中身は全く一緒だった。

「あ……う、うん。うちが作ってきてん」
「あら!そうやの?!」
「こいつ、鈍臭いけど料理だけは上手いねん」

 他はからっきし駄目だという口振りだ。まぁ実際駄目なのだが。

「なんや、愛妻弁当みたいやんか〜」
「ブッ…!」
「きったないわ一氏、ふざけんなや!!」

 キャーとでも言いそうな様子で体をくねらせながら言った小春の一言に一氏が口に含んでいたものを吹き出した瞬間、ドスの効いた悪態が小春の口から飛び出した。斯く言うごんべも慌てて手を口元に当てたものの、ゴホゴホと咳き込んでいる。

「えっ、何なん?二人共実はそうなん?!やぁ、隅に置けへんなぁ!」
「ごほっ…ち、ちゃうで!俺は小春一筋やからな!おら、自分もなんか言えや、小春に誤解されてまうやろ!」

 ごんべも慌てて弁解しようとするものの、変に気管に入ってしまったのか未だ苦しそうに咳き込んでおり、思わず助けを求めるように一氏を見上げた。その瞳にはじわりと涙さえも浮かんでいて今にも零れそうだ。

「あーほら、これ飲めやっ」
「んん゛っ……」

 そう言って渡したのは一氏が飲んでいたパックジュース。受け取って直ぐに躊躇いなく口を付け、ごくごくと飲み込んで詰まってしまったものを奥に流し込む。その間、一氏は雑に背中を摩ってあげている。

「っ……うぅ、死ぬかと思ったわ……」
「大袈裟すぎy……て、おまっ…半分以上飲んだやろ?!ほぼ空やんけ!」
「ご、ごめんなユウちゃんっ!あっ…う、うちのやるから…」
「当たり前や!ほんまにもう……もうこれやるわ、飲んでまえ」
「うん、おおきに」

 なんや、新しい一氏を見たなぁ……と、小春は目の前で繰り広げられるシーンをしみじみと眺めていた。一氏はごんべを人見知りが激しくて鈍臭い泣き虫だと罵っていたが、対する一氏自身もどちらかと言えば人見知りな方だ。初めて会ったときは、それはもう警戒されていたものだ。今では全くその面影はないし、寧ろそんな時があったのかと驚かれるだろうが。口の悪さは心を開いた証拠でもあるのだ。実際、テニス部の面々にはそうだ。好き嫌いもはっきりとしていて、嫌いなものには一切見向きもしないし関わらない。実にわかりやすい。ごんべの性格は、一氏にとっては嫌いな部類に入るだろう。しかし幼馴染という特別な関わり故か、好き嫌いというよりも進んで面倒を見ているように見える。一氏はお世辞にも誰かの世話を焼くほど優しくはない。世話焼きで言うならば、ごんべと同じクラスの白石や謙也のことを指すだろう。だからこそ、悪態を付きながらもちょこちょことごんべの面倒を見ている一氏が新鮮でならない。まるで妹の面倒を見る兄のような……そう、それだ。

「ユウくん、お兄ちゃんみたいやね」
「え?いや……こんな手のかかる妹いらんわ」
「ユウちゃんひどいわ〜……そんなはっきり言わんでもえぇやんかぁ」
「うっさいわ、ほんまのことやろ」

 まぁ何はともあれ、仲良きことは美しきかな。いちゃいちゃすな。