うそでも信じてあげる




月命日には花を買い。その両腕にあまるほどの花を抱えた男がふたりして、墓地へ続く小路を行く。
前方に伸びた俺の影を踏みながら歩くルキーノは、振り返り困ったような顔で笑う。
俺は足を止め、首を傾げる。
なにも言わないルキーノは、それを後目に向き直り再び歩き始め、俺はその広い背中を見ながら肩をすくめた。
鮮やかな青い空には、グレイのペンキを落としたような雲が張り付き。頬を撫でる風はしっとり冷たい。

(雨がふるな)

だからといって気が急くでもなく、ただゆっくり瞬きながら顔を下ろした。



目的の場所に辿り着き、花をたむけ祈りをささげる。
頭の中を占めるのは彼女たちに対する静かな悼みだけで。閉じた目蓋にルキーノの背中を見たとしても、幸いにもそれ以外の感慨と呼べるようなものはなにひとつ浮かんではこなかった。
やがて、細く長く吐かれたルキーノの息を合図に俺は目蓋を開き、背筋を伸ばす。
「んじゃ、ちょっくら行ってくるわ」
「ああ、シスターによろしくく言ってくれ」
片手をひらひら振りながら歩きだした俺の背中を、ルキーノがどんな顔で、なにを思って見ているのかは知らない。知るまい。俺がこの場を離れる本当の理由をルキーノが見抜いていたとしても、俺が知ろうとしなきゃ済むことだ。



つまりは、修道院長サマのもとに行く気なんぞさらさらなく、俺はしばらく離れて立つ一本の木の影に身を潜めた。
墓の前で片膝を折るルキーノの姿を遠くに見ながら枝にぶら下がる実をひとつもいだ。
真っ赤に熟した実を指でもてあそびながら。これはここに埋められ土に還った人間のなれの果てだ、なんてことを暇つぶしがてら考えてみる。
たとえば、この実を見映えよく盛った皿を食卓に出せば、出されたルキーノは口に運ぶだろう。
皿の中にはまだ若い実も混じっていて。それを食べたルキーノは渋い顔で不味いと吐き出すのだ。
それは彼女たちが実らせた、彼女たちそのものだとはまったく思いもしないで。

(クソ……最低だ)

ふいに湧いた優越感にも似た昏いものにたちくらみ、俺は唇を歪ませた。


頭上で葉を騒がせる風は湿り気を増して、太陽はいよいよ雲に隠れてしまった。
ちらと見れば、ルキーノの後ろ姿はさっきからどこも変わったところはなく。墓石と同化しそうなほど動じないその黒い塊に俺は、以前見たある儀式を思い出していた。
ルキーノは二本の指を自分の唇にあて、その指先で墓石に刻まれた名前を慈しむようになぞった。
それは深く深く、どこまでも哀しいキスだった。
ルキーノが彼女たちになにを語りかけていたのかなんて、俺が知れることもなく。なにができることもなく。ただつっ立ったまま、そうして流れていく時間に体内時計の基軸が狂わされるのを、ぼんやりと感じていただけだった。




塊がゆらりと動き立ち上がるのを見計らい、俺は彼女たちに歩み寄る。少し蒼ざめた顔をしたルキーノは膝を払い、そして高い位置から俺を見下ろし薄く笑んだ。
「……お前は優しいな」
「は?なんだぁ、いきなり」
「なにも、こんな辛気臭いところに……いつまでもついてくるこたねぇんだぞ」
言いながら、ルキーノはその手を俺の頭に乗せ、くしゃりと髪を甘くかき乱した。


やめてくれ。
さっきまで俺がどんなひでぇこと考えてたか、
アンタ、知らねぇだろ?

俺はちっとも、
優しくなんか、
ない。



「辛気くさい、なんっつったら、まぁたバアさんに説教くらうぞ……ほら、たまにはボスらしいとこ見せてやらねえとさ。部下がいつも世話になってます、ってな」
拒絶の意思をおくびにも出さず、頭にあるルキーノの手をやんわり掴み下ろす。
掴んだ手をそのままに視線を上げるとルキーノはらしくなく、少しだけ頼りなさげに目尻を下げた。
「さて……と、帰るか」
語尾をかすれさせたその声に引かれるように、俺は足を踏み出したのに、当のルキーノは歩こうとしない。ぱちりと目蓋を瞬かせては
「とうとう降ってきたな」
空を仰いで、そう呟いた。
俺は視線の先にある、薄く開いた唇に魅入るばかりで「そうだな」と肯いたきり動けない。




愛だ恋だと口にするのも臆するほどに、その唇が欲しいだなんて、どのツラ下げて言えるだろうか。











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