「
労働讃歌」
獣
レスラー×定食屋
寸止め両思い
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暖簾をしまって、思い切り伸びをする。
今日もよく働いた。
ふと、壁に貼ったプロレスの興行ポスターが目に入る。
中心に映るのは、可愛らしいクマのマスクを被ったレスラー。
ゆるキャラブームに乗っかったらしいそのマスクは、全然強そうに見えない。
「ビーストさん……せっかく格好いいのに」
「……それは、ありがとう」
「ギャ!」
がらりと引き戸の開く音に飛び上がる。
そっと振り返ると、野性味あふれる男前が笑っていた。
「もうっ! びっくりさせないでくださいよ!」
「はは! すまんね」
優しそうに笑う彼は正真正銘、ビーストくまごろーの中の人。
店のすぐそばにあるジムの看板レスラーで、うちのお得意さん。
「くまごろーは子供や女性に受けがいいし、割と気に入ってるよ」
「あー……」
子供はともかく、女性には、素顔の方が受けるんじゃないかと思うけど。
年齢の割りに落ち着いた雰囲気の男前に曖昧に笑い返す。
あまりメジャーになって欲しくない。
女性ファンなんて、付かなければいい。
ちょっと行き過ぎたファン心理。
彼女たちみたいにきゃあきゃあ騒げない僕の醜い嫉妬心。
そんなの知られたくない。
「あ、ビーストさん、夕食ですか?」
「うん、そのつもりだったんだけど、おしまいだよね?」
「いえいえ。構わないですよ。どうぞ、かけて下さい」
「ほんと? 悪いね、毎度」
夜遅くまで練習をするビーストさんは、時々閉店後に顔を出す。
悪いなんてとんでもない。
歓迎も歓迎。
大歓迎だ。
他の客に邪魔されることもなく、僕の作った定食を平らげていくビーストさんを堪能できる。
まったりと世間話をしながらのこのひとときが、僕の何よりの宝物だったりして。
「いつもので良いですか?」
「うん、焼肉ね」
「はい、まいど」
るんるんとキッチンに向かう僕の背中に、今日は珍しくビーストさんが呼びかけた。
「ほんとは、別の物が食べたいんだけどね」
「ふぁい? えっと、できるものなら、何でもお出ししますよ?」
焼肉に飽きたのだろうか?
そういえば、イイ感じのトンカツの肉を仕入れられたから勧めてみようか。
「うん。そのうちに、頂くつもり」
「?」
きらりと野獣の瞳が光るのを、相変わらず格好いいなあ、なんてぼんやり眺めていた僕。
飢えた獣は堪え性がないらしく、「そのうち」は意外と早く訪れた。
「ギャ!」
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定食屋の主人はビーストより5歳位年上で、30歳前後。
高齢の父親から店を譲ってもらって、何とかやってます。
閉店後を狙ってくるのは、勿論わざとです。