SS  main  top
労働讃歌



レスラー×定食屋
寸止め両思い
--------------------
暖簾をしまって、思い切り伸びをする。
今日もよく働いた。

ふと、壁に貼ったプロレスの興行ポスターが目に入る。
中心に映るのは、可愛らしいクマのマスクを被ったレスラー。
ゆるキャラブームに乗っかったらしいそのマスクは、全然強そうに見えない。

「ビーストさん……せっかく格好いいのに」

「……それは、ありがとう」

「ギャ!」

がらりと引き戸の開く音に飛び上がる。
そっと振り返ると、野性味あふれる男前が笑っていた。

「もうっ! びっくりさせないでくださいよ!」

「はは! すまんね」

優しそうに笑う彼は正真正銘、ビーストくまごろーの中の人。
店のすぐそばにあるジムの看板レスラーで、うちのお得意さん。

「くまごろーは子供や女性に受けがいいし、割と気に入ってるよ」

「あー……」

子供はともかく、女性には、素顔の方が受けるんじゃないかと思うけど。
年齢の割りに落ち着いた雰囲気の男前に曖昧に笑い返す。

あまりメジャーになって欲しくない。
女性ファンなんて、付かなければいい。

ちょっと行き過ぎたファン心理。
彼女たちみたいにきゃあきゃあ騒げない僕の醜い嫉妬心。
そんなの知られたくない。

「あ、ビーストさん、夕食ですか?」

「うん、そのつもりだったんだけど、おしまいだよね?」

「いえいえ。構わないですよ。どうぞ、かけて下さい」

「ほんと? 悪いね、毎度」

夜遅くまで練習をするビーストさんは、時々閉店後に顔を出す。

悪いなんてとんでもない。
歓迎も歓迎。
大歓迎だ。

他の客に邪魔されることもなく、僕の作った定食を平らげていくビーストさんを堪能できる。
まったりと世間話をしながらのこのひとときが、僕の何よりの宝物だったりして。

「いつもので良いですか?」

「うん、焼肉ね」

「はい、まいど」

るんるんとキッチンに向かう僕の背中に、今日は珍しくビーストさんが呼びかけた。

「ほんとは、別の物が食べたいんだけどね」

「ふぁい? えっと、できるものなら、何でもお出ししますよ?」

焼肉に飽きたのだろうか?
そういえば、イイ感じのトンカツの肉を仕入れられたから勧めてみようか。

「うん。そのうちに、頂くつもり」

「?」

きらりと野獣の瞳が光るのを、相変わらず格好いいなあ、なんてぼんやり眺めていた僕。
飢えた獣は堪え性がないらしく、「そのうち」は意外と早く訪れた。


「ギャ!」


--------------------


定食屋の主人はビーストより5歳位年上で、30歳前後。
高齢の父親から店を譲ってもらって、何とかやってます。

閉店後を狙ってくるのは、勿論わざとです。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -