「
さあ、うたおう」
ユキとキラその後
Merry mellow Christmas 01
心地よい揺れと暖かい空調の魔力に逆らえず、思わずうとうとしてしまったらしい。
名前を呼ぶ声にぼんやりと意識が浮上して、体が斜めになっている事に気付いた。
こめかみに、頬に、触れる体温は、深雪のもの。
バスの中に乗客はオレ達以外に数人。
誰もこちらを見ていないけれど、何となく気まずい思いでそっと距離を取る。
「……悪ぃ」
「いえ、役得ですから」
「あ、涎付いたかも」
「暫く洗えませんね」
「……洗えよ」
冗談に聞こえないのが怖いよな。
嬉しそうな笑顔をちらりと睨めば、少し跡が付いちゃいましたね、なんて言いながら長い指の背がオレの頬にそっと触れた。
くすぐったい。
ふわふわ暖かい花畑みたいな微笑みから目を逸らして車窓に目をやる。
寒々しく、白に埋もれた景色。
田舎だ。
何もない。
何も変わらない。
10年前のまま。
普通に、懐かしいな、と思える。
「次ですよね?」
「ン」
車内の電光掲示板にはよく知った地名が光っていて、改めて、帰って来た事を実感した。
ただいま、故郷。
待つ人はいねえけど、さ。
こっそりと心の中でひとりごちる。
「寒っ、ヤバっ死ぬだろコレ」
プシューと間抜けな音がして扉が開くと、一瞬間をおいて途轍もない温度差の壁にぶつかった。
ステップを降りながら呟くと、首にマフラーが巻きつけられる。
質の良いカシミアのマフラーは、肌触りが良くて速攻暖かい。
「死なないでくださいよ」
「死ぬか」
くすくすと笑われてマフラーの中に鼻を埋める。
深雪の匂い。
くそう、何かこういうのはケツが痒くなる。
「お前は」
「大丈夫ですよ。地元なのに、アキラさん寒がりですね」
「偏見野郎め。北国は防寒に命かけてんだよ」
もこもこのダッフルを着込んだダルマみたいなオレに対して、ダークグレーのコートの襟を立てて佇む深雪はスマートだ。
というか、この田舎にイキナリこんなのがにょきっと立ってるのが不思議でならない。
超浮く。
芸能人みてえ、と思って、ああ、コイツ舞台俳優だったっけと気がついた。
「ン」
ばっちり目があってしまった。
慌てて顎をしゃくって目線を逸らす。
小さくなったバスのケツを追いかけて雪の道に足を踏み出すと、ギュギュッと微かに音がした。
「見とれてました?」
「バカだろ。寒そうなナリだなって思ってたんだよ」
「温めて下さい」
「却下」
ゆっくりと、懐かしい道を踏みしめる。
少し後ろから聞こえる足音がとても不思議だ。
不思議で、でも心地よい。