0°ポジション

木曜日A

くちょ、と嫌な音を立てて、耳から舌が離れていった。

「ゔ……ぅ゙……」

気持ち悪い。
気持ち悪い。
ぷつぷつと肌が粟立っている。

「ホムラは? コレ?」

ぷるぷるっと体を振るわせたオレを笑いながら、壁について体を支えていた手の袖をぐっと捲くられた。

「っわ! キモ!」

露になった腕に刻まれた歯型。
幾つも、幾つも、付けられた、狐塚の印。

捲ればそこにまた出てくる歯形を面白がって、また捲くられる。
終いにはオレの腕は袖から引き抜かれ、脇の傷跡までシゲの視線に晒された。
ボタンをしたままだから、シャツが引き攣れて妙に苦しい。

「ぷブっ。こりゃイマサラ合服着るわ。ひっは。何アイツ、キモ。超ウケる!」

確かに。
この様はエグいけど。
そりゃ、まあ、キモいかも知れねえけどさ。

そんなに笑わなくてもよくないか?

「シゲ……」

「……ア?」

非難めいた声を上げれば、うひゃうひゃ騒いでいたシゲの声のトーンが一気に下がる。

「何?」

「……笑いすぎ」

「ふうん。……そりゃ、カワイイカワイイ後輩笑われたら怒らねえとだよな? ナっちせんぱあああい」

「……シゲ」

一言言えば、十倍になって返って来る。

口は立つし、言葉は汚いし、性格悪いし。
だからこいつは敵が多い。
罵倒される度に、何でオレ友達やってんだろう、ってそりゃもう子供の頃から何度も思ってきたけど、うん、でも、根は悪い奴じゃないと思うんだ。

ぼんやりしてるオレを、何だかんだで最後まで待っててくれるのはいつもシゲだった。
早くやれと蹴飛ばしてくれるのもシゲ。
バカ、アホ言いながらも、不器用なオレを手伝ってくれるのもシゲ。
それで、「どうしようもねえ奴」って言いながら殺し屋みたいにニヤリと笑って、お礼を言わせてくれない。

面倒見のいいバカ。
損な性格。
これでいて、意外とイイヤツなんだって、思う。

思ってきた。

「とーる先生も、アレむっつりだろ?」

「むっつりって」

「何された? あんだけデキる奴って、ぜってー変な性癖とかあるよな」

変態臭えもんと笑う口調はいつもと同じ軽薄なそれなのに、なんだよ、その顔。
怖えよ、お前、マジでキレてるだろ?
でも、オレの腕の傷跡を撫でるシゲの指先は、ぞっとするほど優しい。

全部がちぐはぐで、意味がわからない。
コイツ、誰だよ。
シゲ?
なあ、シゲってどんな奴だっけ?

「触られた?」

「っちょ! シゲ!?」

「なあ、ここ。触られた?」

「いっ……痛いって」

股間をぎゅっと握られて、突然の事に驚く。
ほんと、デリケートな部分を、そんな無造作に、掴んだら、痛いって!

「触って、ないから! 離せっ、っア、ぁ」

ふうん、と笑ったシゲの唇が、オレの耳たぶを食んだ。


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