狐と男
ななしは暴れて腕を振り解こうとするが、男の腕は微動だにしない
「…離してッ!!」
「離してほしいのですか?先程は離れたくないと言っていたのに」
「は…」
ななしは確かに離れたくないと言ったがそれは狐に対してだった
訳が分からず顔をしかめながら鏡を見ると男の恐ろしく美しい容姿に言葉を失った
長い銀色の髪で片方の目は隠れているが、どこか野性的な鋭さをもっている
ななしは見知らぬ男が家にいてシャワーを浴びている最中の一糸もまとわない自分を後ろから抱きしめている事に言いようのない恐怖を感じている反面、男を見た瞬間に胸がドキリと鳴った気がして自己嫌悪に陥り俯いた
男は急に大人しくなったななしを不思議そうに見ていたが、何かを思いついてニヤリと怪しく笑ってななしの首筋に口を近づけた
「ひゃっ!?」
ななしは突然首に感じた軽い痛みに飛び跳ねて鏡を見る
そこに映ったのは男が自分の首筋に噛み付いている光景で、ななしは顔を真赤にさせながら見を捩って逃げようとする
しかし男の腕は依然としてびくともしなかった
何度も首筋を噛まれて、時折ちゅっと音を立てながら吸い付かれ…抵抗をしてもほとんど意味がなかった為ななしはもう泣くしか出来なかった
「っ……ぐすっ…」
「おや?…すみません」
「あやまるなら……もう、離してよ…」
今にも消え入りそうな声だったがちゃんと聞こえていたらしく、ななしは男の腕からようやく開放された
自由になったななしは自分の体を抱きしめるようにしながらしゃがみこんで静かに泣き始めた
それを見た男はななしの横にしゃがみななしを落ち着かせるように背中を撫でるが、
ななしとしてはもう自分の事は放っといてこの場を離れて欲しい一心だった
「なんなの、もう…なんで私の家にいるの……」
「家に上げてくれたのは貴女ですよ?」
「はぁ…?」
「あぁ…私とした事が嬉しさの余り説明もしていませんでしたねぇ。…さっきの狐、あれは私ですよ」
「は!?訳わかんない…!狐なら脱衣所に……」
男がいる方とは反対の方から首を後ろに向けて脱衣所を見る
しかしそこに狐の姿は無かった
「どこにいったんだろう…」
脱衣所には狐が隠れられそうな場所はなく、脱衣所から廊下への扉は閉まっているので外には出ていないだろう
なら一体どこへ…と考えていると腕にふわふわした物が当たった
ななしはそっと視線をそこへ向けると、そこにいたのは探していた狐だった
「あ、なんだ…入ってきてたの?」
もう色々なことがありすぎて疲れていたななしにとってその狐は癒しだった
狐を撫でながら、さっきまで隣にいた男が消えていた事に気付きは辺りを見渡す
すると今度は男の姿が見つからない
風呂場に隠れる場所はないし、ここから通じるのは脱衣所しかない
しかも脱衣所は狐を探すためずっと見ていた
もう一度狐に視線を戻すと、そこには狐ではなく男が…しかも至近距離にいた
「これで信じてくれますか?」
「ーッ!?」
ななしは声にならない悲鳴を上げた後に意識を失ってしまった