社会の歴史での、とうの昔に起きた戦争の悲惨さを訴えかけるDVDが淡々と流されてる。誰も音を立てずに、少ししか聞こえないその映像の解説に耳をそばだてているようで、視線をくいと上げれば斜め前の女子は僅かにその顔をしかめているのがわかった。
たいして俺はそんな昔の凄惨な出来事なんかに興味はわかないので、先ほどから俯いてはなるたけ音のしないようにページを捲りながら続きの気になる小説の世界に浸っていた。
そして思い出したように顔を上げて隣を見れば、背が幾分か伸びた青峰は列の一番後ろへと追いやられるようにして女子の列を挟んだ隣にいるのだが、今日、というか昨日から隣の席の長谷川さんは風邪で休んでいたから、青峰の堂々と授業を寝てサボるという姿をよく見ていた。
それなのに今日の、たぶんこの時間限定だろうが青峰は珍しくその顔を机には寄せずに黒板に貼られたスクリーンの中の出来事を、食い入るように見つめていた。
だから、ずうっと前を見ていたはずの青峰が、こちらを、俺を覗き込んでいることを知る由もなかった。

「緑間」

静かな空気をゆっくりと割きながら耳に飛び込んだのは、確かに俺の名前で、慌てて読みかけの小説の表紙を閉じて声のした方を見やれば、それが青峰だとわかり栞を挟まなかったことに歯軋りをした。というかなんで青峰が長谷川さんの席にいるのか謎である。何やってんのだよ授業中に。

「阿呆なのは知ってたが叱られるぞ青峰」
「うっせぇなつかあそこ見ろっつの」

そう言われて見れば、窓際に椅子を寄せてなんとまあ、心地よさそうに寝ている教科担任の姿がある。ほう、それで奴は退屈しのぎにこちらへと移ってきたのか。まあ俺のとこへ来たってなにもない、ただ俺が小説を読んでいる姿を見ているだけになるのを承知の上か。
ちらと隣を見れば、青峰はまた前を向いてスクリーンを見つめていた。
白黒の中には不格好な戦車が動いていて、それを説明する声ばかりが教室を満たしていた。よくよく見れば寝てる人ばかりで、逆に起きている方が目立つ始末だった。

「くだらないって思うか」
「は?」
「いまの状況」

ぼそぼそと喋るだけにすればいいのに、その口を俺の耳元まで寄せるのだからなお質が悪い。耳からぞわぞわとしたのが這い上がってくるようで如何せん気持ちが悪い。前にそれを言ったら笑われたのを思い出してむしゃくしゃしたから腹いせに、青峰の手の甲を抓っておいた。

「別になんとも思わないのだよ」
「へーやっぱそうなるよな、うん」

ひとりでしきりに頷いている青峰が気持ち悪い、何かに納得してるようだが意味がわからない。ただ気味が悪い。
それから俺が無言で抓った部分をゆったりとさすってからにやにやと笑う。うわ気持ち悪い、というか何度こいつは俺に気持ち悪いと思わせれば済むのだろうかと考えてれば、にゅ、と骨ばった指が目の上へと伸びる。

「俺はくだらないって思ってねーよ、隣とかいつも赤司か紫原だし?」

びしりとデコピンを食らったおかげで額からじわじわっと痛みが広がる。いきなりなんなのだよ、痛みを堪えながら精一杯に睨んでやれば、小さくからからと奴は笑う。

「そんなのお前がさっさと隣にくればいい話だろう」
「わかってねーな」

また喉をくつくつと鳴らしている奴に呆れれば、カチカチと音がして電気がついた。それから遅れてジャっと光を遮っていたカーテンが隅へとまとめられた。暗がりに慣れたと言うのに周りが一気に明るくなったせいで目がチカチカと痛い。
お前ら起きろー、と声がしてはたと前を向けば教卓の上にあったはずのパソコンはすっかり片付けられていた。要するに、いつの間にかDVD鑑賞会は終わったということで。

「隣が当たり前になったら面白いんだろーが」

ぱちんとどこか弾けた気がした。そしてまだにやにやっとしている青峰が腹立たしいから力いっぱいに手の甲を抓ってやれば、またあのムカつくような声で笑い声を落とした。


やわらかに浸食


title by 依存