■ Pのお願い

「はーい、そこのお兄さんちょっと止まって〜」

街灯が一つポツンと立つ薄暗いその道路の脇から、ひょっこりと姿を現した警察官に慌ててブレーキを踏む。警察官のお兄さんは人の良い笑みを浮かべながらごめんねー、と軽い調子で近くまで寄って来た。彼の後方にはパトカーが一台、ずっとここにいたのか、たまたま俺を見かけて呼び止めたのかはわからないがこんな時間に、こんなところで取り締まりとは警察官も大変なこった。しかしそれよりもなぜ俺は止められたのだろうか、ニコニコ笑いながら何やら無線に話しかけてる警察官のお兄さんに何も悪い事をしていないはずだとそわそわした。

「あれっきみ毎朝駅前で見かけるね、この辺に住んでるんだ?あっちょっと自転車の防犯登録確認だけさせてもらうね〜」
「あっはい、あそこが最寄りなんで。あの、この自転車俺のじゃなくて姉の…」
「んーちょっと待って。名前と住所教えて、あと電話番号。身分証明書も写メ撮らせてもらうね」
「え?ああ、えっと…」

気さくに話しかけてくるお兄さんにいちいち駅前通る奴の顔覚えたりするんだ、すげー。と素直に感心しながら、何も疑うことなく個人情報をペラペラと伝える。お兄さんはそれを手元の書類にメモしながら、財布から取り出した免許証を静かに受け取った。

「はーい、どうもね。ちょっと待ってて」

お兄さんはニコニコと笑いながら免許証をじっと見つめて、そのままパトカーへと戻って行く。個人情報の管理とかも大変だろうに。警察も楽じゃないな、と一人自転車を支えながら夜空を見上げた。
薄っすらと見える星はあまり綺麗には見えない。都会でもない、田舎でもないこの街で俺は生まれ育った。20代半ばを過ぎても尚実家に居続ける俺は家族から疎まれていた。とは少し言い過ぎかもしれないが、さっさと出ていけば。という台詞を週に2回は言われている。母と父、それから12年前、二十歳の時にできちゃった結婚をしてわずか3年で離婚をした、6つ上の姉と12歳の甥っ子が狭い我が家にひしめく様に暮らしているである。そりゃ出ていけと言われるわ。今も一人自室で晩酌をしていたところで姉に酒が飲みたいと、そして甥っ子にはプリンが食べたいとパシり…いや、お使いを頼まれたのだ。もうすでに晩酌を始めてしまっていたので車は使えず、姉のチャリを借りて近くのコンビニまで行った帰りなのである。ちなみに明日も通常通りお仕事です。

「あーすみませんね、平間くん?これお返しいたします」
「あ、はい。どうも」

戻ってきた警察官に名前を呼ばれて目を丸めるが、そうだ免許証渡してたんだった。返してもらった免許証を財布に戻しながら、そろそろ帰れるかなぁと伺うがお兄さんはニコニコと何やら意味深に笑っている。何故だかわからないけれど、その笑顔が少し怖く感じた。

「あの、待たせてる人いるんでそろそろ…」
「ああ、すみませんすみません。実はこの自転車、盗難車だとわかりまして。何かご事情をお知りで?」
「えっ」

そんな、馬鹿な。
あくまで笑顔を崩さないお兄さんに、いやいやそんなことあるかと自転車に視線を移す。確かにこれは姉の自転車だし、盗まれたことなど一度もないはずだ。何かの手違いではないかと、慌てて首を振った。

「このチャリ、姉のなんです!でも姉は盗難届なんて出していないし、…もう一度確認してもらえないですか?」
「はあ、まあいいけど。もう少し待ってて下さいね」
「お願いします…!」

血の気が引くとはこの事だろうか、あらぬ疑いをかけられて嫌な汗が浮かぶ。いやいや、ちゃんと調べてもらえばわかるはずだ。ただの手違いだろう、落ち着け何も悪いことなどしてないし、もし悪い事をしてたとしたらそれは姉が…姉が?いやいや、そんなまさか。姉がそんな事するわけない、…するわけないよな?不安と焦りから変な汗は止まらないし動悸も激しい。自転車の盗難って、どんな罰になるんだろうか。罰金なんてうちにはそんな余裕ないし、まさか懲役なんてことは…。嫌な想像ばかりが思い浮かぶ、ただひたすらそんなわけない、そんなことない、とお兄さんの後ろ姿を祈るように見つめた。

「平間さん、残念ですが間違いなどはないみたいですね。所有者の名義も男性のようですし」
「そんな…!」
「少しお話し伺っても?」

いわゆる任意同行という奴だろうか。じとりと汗ばむ手をぎゅっと握り締める。何かの間違いだ、ここで逃げれば疑いは増す一方だしついて行くのが得策だろう。そうしてそのまま静かに頷けばお兄さんは相変わらず人の良い笑みをにこりと浮かべるのだった。




路駐したパトカーの中で浅野と名乗ったお兄さんは運転席に座り俺は後部座席に乗せられた。ガチャ、と鍵の閉まる音がしてしばらく沈黙が訪れる。そのなんとも言い難い空気にじとりと嫌な汗が背中を伝った。

「あの…俺、本当に何もしらなくて…姉も、この自転車は5年も前に買ってきたものなんです。絶対取ったりなんてしてないです」
「うーんそう言われてもね、盗難届けが出されてるからね。ちなみに自転車とはいえ盗難は立派な犯罪で10年以下の懲役、または50万円以下の罰金だよ」
「そんな!」
「お姉さんのって言ってたよね?平間くんが知らないならお姉さんに事情聞かないとだなぁ」

そう言う浅野さんの表情は後ろからじゃ伺えない。
浅野さんの情報が正しければ下手したら懲役、良くても罰金でそれだけ取られてしまう可能性があるのだ。姉は実家暮らしとは言え一人息子をシングルマザーとして育てている、母と父も老後のための貯金が最近の楽しみだと以前話していたではないか。家族の様子を思い出して、握った拳が震えた。だめだ、本当に盗んでいなくても自転車が他人のものだと登録されている以上どうしようもない。姉には小さな子供がいる、来年中学に上がるといえど、まだあの子には母親が必要だ。どんな基準でそれが決まるか法律関係の方はさっぱりな俺にとって全くわからなかったが、罰金ならともかく懲役となったら人生おしまい、な気がする。ちょっとよくわかんないけど。でも、確実に、少なからず人生は狂う。姉に、かわいい甥にそんな想いはさせたくなかった。
こう言うのって、素直に謝れば多少は罪軽くなるんだっけ…ふと、ルームミラー越しに浅野さんと視線が重なった。

「大丈夫。そんなに怯えないで」

優しく、諭すようなその声音に心臓がきりきりと痛んだ。姉と甥を守れるのは、俺だけだ。そしてゆっくりと口を開いた。

「俺、が…やりました」

ルームミラー越しの浅野さんの瞳がすっと細くなる、しかしそれは一瞬のことですぐに浅野さんはミラー越しに俺の目から視線を外して、悲しそうに目を伏せた。
俺の気のせいなのだろうけれど、目元しか見えないそのミラーの映らない部分で、浅野さんはなんだか笑っているようなそんな気がしたのだ。


「そっか。何か事情でもあったのかな」
「…会社、遅刻しそうになって。つい…」
「うんうん。ありがとう、正直に話してくれて」

何も正直なんかじゃない、俺はただの嘘つきだ。
浅野さんの目が見れずについ俯く。俺はこの後どうなってしまうんだろう、罰金?懲役?裁判とかするのかな、弁護士雇うことになったら俺、無実だって、本当は何もしてないんだって、そんな風に言ったらどうなるんだろう。
会社とか、辞めなきゃいけなくなるのかな。大学を卒業して4年、そこそこに頑張ってきたのに、全て犯罪者の汚名に消えて無くなってしまうのか。

「…嫌だ」

口から溢れるように落ちた言葉は俺の本心だった。浅野さんはそれを聞き落とさず、ルームミラーの横に取り付けられた機器を少し弄ると、平間くん。と静かに俺の名前を呼んだ。

「無かったことにしてあげようか」
「えっ?」
「いまカメラ切ったから安心して。
俺は誰も呼び止めなかった。君は誰にも呼び止められなかった。そして君のその自転車だけ近くの公園に乗り捨てられていて、元の持ち主に無事戻る。犯人は見つからなかったけど自転車が帰ってきて持ち主は満足だろうね、勿論被害届も取り消されて全て解決」
「……」
「どうかな、素敵じゃない?」

浅野さんはミラー越しに笑った。
絶望の中に一筋の光が差すような、そんな心地。全てなかったことに、できる。いつも頑張ってる君へのご褒美、とウインクをする浅野さんに涙が浮かんできた。そんなありがたいことあるだろうか、全てを背負う覚悟なんて無かったのに守りたいという気持ちだけで動いてしまった俺の心の内を見透かしたようなその提案に俺は小さく頷いた。

「出来るなら…お願い、したいです…っ!」
「勿論、安心して」
「ありがとうございます…ありがとうございますっ!」

「ああ。もちろん俺のお願いも聞いてくれるよね?」
「ぇ……?」




**

「あっ、まっ…あさのさっ」
「んー?なぁに、望くん」
「こんなっ…やっぱり…」
「辞めとく?素直に罪受け入れる?」
「っ、」

何も言い返せず黙り込む俺に三日月に歪む浅野さんの瞳が酷く恐ろしく感じた。運転席から後部座席に移動して鍵を閉めた浅野さんは先程までの笑顔と変わらないはずなのに、どこか不気味なその表情に背中は凍りつく。俺もしかしたらとんでもない間違いを犯してしまったのかもしれない。胸の突起を弄りながら顔にたくさんのキスを落とす浅野さん、彼のお願いはとんでもないものだったのだ。

『平間望くん。全部服、脱いで』

仮に彼が男の裸体を鑑賞するのが趣味だったとして、服を脱ぐだけだったらどれだけ良かっただろうか、まさかそれで終わるわけがなかった。断るわけにもいかず、渋々と全て服を脱ぎ捨てた俺は彼の下に抑え込まれてしまい、半ば強制的に唇を重ね合わされるのも抵抗できないままでいた。
全裸のせいで肌寒く全身が鳥肌立つ、そのせいで乳首も凝り固まって勃起し、浅野さんはそれを抓ったり、擦ったり捏ねくり回したり、敏感なそこを執拗に弄られると腰が浮いた。時折漏れる自身から出たとは信じ難い甘い声に顔を熱くさせて浅野さんの名前を呼んだ。

「乳首、もう辞めてほしいです…っ」
「なんで?見て、ぷっくりしてる。かわいいピンク色」
「いっ、ひゃ…!」

れろ、と舌全体を使って突起を舐める浅野さん。その舌遣いにまたも変な声が漏れてしまう、それに気を良くしたのか浅野さんは舌先を使って突くように乳首を刺激する、生温かくぬめる浅野さんの舌によっていじられる乳首からじんわりと快感が広がっていく感じがした。

「ん…っ、」
「あは、こっちも勃ってきた」
「っ!!あっ、あ…」
「恥ずかしがらなくていいよ、とってもかわいい…」

そう言いながら浅野さんの温かい手のひらが包み込むような優しさで情けなくも緩く立ち上がるちんこを握った。
久しぶりの他人の体温に身体が震える。ここ最近は仕事が忙しくってろくに遊んだりもしていなかった、彼女なんて以ての外だ。ちんこをゆっくりと擦り、尿道の周りをくるくるとなぞる浅野さんの手の動きに熱い吐息が漏れていく。


「んっ、…ふ…」
「声、抑えないで。聞かせて」
「や…ぁっ、まっ…」
「パトカーの中で、警察官にこんなことされて。興奮してんの?」
「ちがっ!あがっ」

ぐり、と尿道に人差し指の腹が埋め込まれる。瞬間腰が跳ね、痛いほどの刺激に何故だかちんこからは先走りがドロドロと溢れた。敏感なところを執拗に弄られる感覚は痛いはずなのに気持ちよくて、反り立つちんこが現実を物語っていて、今までの知らない自分が突きつけられているようでどうしようもなく怖くなった。

「やめっ、や…そこ、だめっ」
「なんで?こんなにちんちん大きくさせて、先走りもドロドロで。望くんは嘘つきだなぁ」
「ちがっ、あっ…や、も…」

浅野さんは瞳を細めて舌先を使ってなぞるように、耳穴の周りをくすぐる。ぞわりと背中に走る快感に俺は許しを乞うようにぎゅっと浅野さんの制服を必死に掴んだ。

「かわいい。いっていいよ」
「…え、あ…っちょ、まっ、んっ」

耳元で囁く浅野さんは指で輪っかを作ってそれを上下させてしごく。先走りを指先で広げるように竿全体に擦り付け、それが潤滑剤となって滑りが良くなったちんこを緩急をつけて手コキしていく。同じ男同士気持ちいいところは全てわかっているように浅野さんは静かに張り詰めていく俺のちんこをじっと見つめ、的確に追い詰めていった。

「まっ、まって、!いっ、いっちゃ…っ」
「いいよ、出して。」
「やっ、あ…あああ」

何かが迫り上がる感覚、そして呆気なく絶頂を迎えた。
ビュッビュッと何度か痙攣して、何にも受け止められることなく精液が腹の上に落ちていく。ヘソに溜まったドロドロしたゼラチン質の精液が呼吸のたびにプルプルと震えて、ぐったりと脱力した。

「気持ちよかったの?あーあ、警察官の前でこんな姿見せて…いけない子だな」
「っ、」
「望くん」

熱のこもった瞳で見つめられて固まる。いつから、浅野さんはそんな目で俺のことを見ていたのだろう。浅野さんは膨れ、キツそうにズボンを押し上げるちんこを俺の太ももに擦り付けると吐息を漏らした。
欲を全て吐き出した事でいくらかすっきりした脳内で考える、普通に考えてこれっておかしくないか?ていうか、俺何やって……。浅野さんの深く暗い瞳と目が合い、瞬間ぞわりと背筋が凍った。

「っあ、浅野さっ」

ピロピロピローン
不意に聞き覚えのある電子音がこの空気をぶち壊すかの如くパトカー内に鳴り響いた。携帯の呼び出し音だ、なかなか鳴り止まない音に浅野さんは小さく息を吐くと俺の上から体を退けて、にこりとやはり人のいい完璧な笑みを浮かべるのだった。

「どうぞ、出て」
「す、すみません!…っわ、ご、ごめんなさい!」

慌てて体を起き上がらせると腹の上に溢れる精液が横腹を伝ってシートへ落ちてしまった。やばいと焦るが浅野さんは至って冷静に、助手席からティッシュ箱を取って丁寧に俺の腹を拭いてくれた。ティッシュを丸めながら気にしないで、と言う浅野さんに何度も頭を下げながら携帯をズボンのポケットから取り出す。ディスプレイに表示される姉の文字に一瞬ぐっと息がつまるが、催促するよう手の中で鳴り続ける携帯に、仕方なしに通話ボタンを押した。

「もしも…」
『ちょっと、望?あんたどこまで買い物行ってんのよ』
「あ、いや、途中警察官に止められちゃって。 なんか、姉さんのチャリが…」

盗難車登録されてるみたいなんだけど。そう続けようとしたところで、ひょいっと手の中から携帯を奪われる。犯人である浅野さんはなんでもないようにその携帯を耳に当てると躊躇なく話し始めた。

「あーもしもし。お電話代わりました、駅前派出所の浅野と申しますがー平間さんのお姉さん、であっていますでしょうか?」

何やら姉の声が薄っすら聞こえてくるがその内容まではわからない。仕方なしに浅野さんの様子を見守るが、俺が現在全裸なことを思い出してそれどころではなくなる。通行人だってゼロなわけじゃないんだ、路駐したパトカーに興味を示す人間がいないとも限らない。そう考えると今の状況が堪らなくなって、話し込む浅野さんの隣でいそいそとパンツを履き着替えをはじめた。


「ええ、ですので何も問題はなく。…いえ、こちらこそお時間を取らせてしまって申し訳ありません。それでは失礼いたします」

そんな感じで、俺が全て身支度を整え終わる頃に浅野さんは通話を終えた。通話が切れた携帯を手渡されてそれを受け取る。浅野さんは俺の姿をじっと見つめて、囁くように俺の名前を呼んだ。

「こちらで上手いことやっておくので。自転車も普通に乗れるよう手続きしておきます。望くんは何も心配しなくていいよ」
「浅野さん…そんな、」
「いいから。俺のお願い、半分聞いてくれたお返し。だからまた今度、もう半分のお願いも聞いてね」
「あ……は、はい。本当にありがとうございました」
「はい、気をつけて帰ってね」

そうして意外にもあっさりと、何事もなかったかのように俺と浅野さんはそこで別れた。走り出すパトカーを見送りながら、もしかして今までのは幻か何かだったのだろうか。ふとそんな風に思うが、拭き取ったとは言うものの若干精子でベタつく体にそんな訳ないよな、と自嘲気味に笑う。
浅野さんの言うもう半分のお願い、とは一体なんだろう。第1、今日されたお願いってなんだったんだ?俺のちんこ触りたかっただけ?欲求不満とかだったのだろうか、ならばもしあのタイミングで電話が鳴らなければ俺は、一体何をされていたんだろう。そこまで考えて怖くなる。やめよう、考えるだけ無駄だ。さっさと帰って、今日はもう寝よう。
姉が盗難したかしてないかなんて、もうどうでもいい。それよりも一刻も早くこの自転車から離れたかった。
家までまだ少しあるがどうしても自転車には乗る気にならなくて、星の見えない夜空を見上げ息を吐く。
ゆっくりと自転車を押しながら夜道を歩いて行った。



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -