LOS短編 | ナノ

この雨が全ての現実を洗い流せばいいのに

ガルバディアの夜は長い。暗く重たい雰囲気が漂う王都ならそれは尚更である。しかしそれでも王都は眠らない。どんなに夜が更けても、眩い灯りが消えることはない。メインストリートから少し外れたところに一件のバーがある。柔らかな灯りが全てを包み込むように、店内に落ち着いた雰囲気を醸し出す。

このバーが他のバーと決定的に違う点は、騒がしくないこと。飲んで騒げやという喧騒目当ての客が一人もいないからである。この店の客は思い思いの席に座り、静かに酒を飲むというスタイルだった。その店内の一番奥、丁度どの席からも死角になる位置の席で一人の男が酒を飲んでいた。

男はふと外に目をやる。外では先ほど降り出した冷たい雨が窓を激しく打ち付けていた。雨脚は強くなる一途で、傘でもない限り道を歩けないほどである。もう暫くここで雨宿りをしようと男が考えた矢先のこと。

「―――辛気臭ェ顔で酒なんか飲むんじゃねーよ」

男の横に暗い影が過ぎる。窓から目を離し、男は自身の右隣に立っているもう一人の男に声を掛けた。

「どんな顔をして酒を飲もうが俺の勝手だ。それより……何故貴様がここにいる―――サイファー?」

「あァ? 俺の姿見て分かんねェのか、スコール」

そう言うサイファーは雨のせいか全身びしょ濡れに近い状態である。王国騎士団の証たる甲冑は雨を弾きながらも水滴で輝いており、足元には小さな水溜りが出来ていた。

「成程、貴様も雨宿りというわけか」
「まァそういうこった。その口ぶりからするとテメェもか」

サイファーはスコールの目の前の席に座ると、注文を訊きに来た店員に「いつもの」とだけ告げる。サイファーも、そしてスコールもこの店の常連だった。別段一緒に酒を飲もうと約束しているわけではなく、何故かこの店に訪れると必ずどちらかがいた。そして成り行きからか、こうして一緒に酒を飲んでいるわけなのだが。

「そういや今日はリノアの奴いねぇのか?」
「あいつは未成年だぞ……。こんな店に連れて来るわけないだろう?」
「相変わらず律儀だな、テメェはよ」

スコールとリノア。二人が付き合いだして一年近くが経過していた。しかしこれと言った進展はないようで(面白そうな話なのでたまに部下から二人の進展具合を聞き出していたりする)、別にそれについてとやかく咎めるつもりはない。だが一つだけ言わせてもらうのであれば、いつもスコールが気にしている『あのこと』だろう。

「どうでもいいけどよ、テメェはまだ言ってないのか?」
「何をだ?」
「―――リノアが『十三貴族』出身だってこと知ってるってまだ言ってないのか?」

十三貴族。ガルバディアには『十三貴族』と呼ばれる一族が存在している。ガルバディア王国建国の際、初代国王に仕えていた十三人の騎士達は建国に多大なる助力を尽くした。その功績を国王が称え、『十三貴族』という身分を与えたのが始まりだったとされている。十三貴族はどの貴族よりも身分が高く、その高さは国王の次と称されている。そしてリノアはその一つ、カーウェイ家の令嬢だった。

彼女自身は隠しているつもりだろうが、一部の人間は既に知っていた。上官にあたるスコールとサイファー。何故なら騎士団に入団した直後、彼女の父親にしてカーウェイ家当主であるフューリー・カーウェイから手紙が届いていたのだ。家出同然に飛び出したというが、どこに行ったか父親が知らないはずがない。そこで上官に当たるスコールに『娘を頼む』という内容の手紙を送っていたのである。勿論そのことをリノアに言うときっと彼女は怒ってしまうだろうと踏んだ彼は何も言っていない。

そしてずるずると時間だけが経過してしまった。まさか彼女とこう言った仲になってしまうとは思いもよらぬことで、だからこそ彼は『あること』で人知れず悩んでいた。何故なら相手は貴族の令嬢。身分違いにもほどがあるというものである。

「その心配ならいらねぇだろうが。テメェも本当の身分を明かせばいいだけのことだろう?」
「そんなこと……今更出来るわけがないだろう」

そう。彼にもまた秘密がある。これは誰にも……と言ってもサイファーだけは知っているので彼以外が知らない秘密。

それはスコールもまた、それ相応の身分の持ち主であるということだ。

彼の出身はウィンヒル。母親は彼が小さい頃、病気で他界してしまっていたが父親は今も元気である。だがその父親に問題があった。その父親こそ東の大国『エスタ共和国』の議長を務めているラグナ=レウァール本人だからである。議長という役職は実質この国のトップに立つ者を示す。エスタは評議会という組織が国を支配しており、何百人もの議員が話し合いを行い国の運営方針を決めるのだが、その議員を纏めるのが議長という存在だった。

何でもお忍びでウィンヒルを訪れたとき二人は知り合ったという。当然お忍びなので周囲はこの事実を知らない。ラグナの側近中の側近しかスコールの存在は知られていないのである。母親が死に、ラグナは何度もエスタに来いと行ったが彼は頑なに断り続けた。別に父親が嫌いだからというわけではない。ただ、今更エスタに行こうという気が起きないだけ。

「それに停戦状態とは言え、ガルバディアとエスタは実質敵国同士。これが公になってみろ、国が揺らぐ」
「テメェも厄介な女に惚れたもんだ」
「リノアが悪いわけじゃないだろう」

先ほどまでの口調から一変し、静かな怒りを含んだ声にサイファーは軽く肩を竦めて見せる。どうやらサイファーの発言に怒りを露にしているようだ。だが咎められた当の本人は飄々とした態度を崩さず、それどころか楽しげな笑みを薄っすらと浮かべている。

「ま、あれだな。俺は口も手も出さねぇが……近いうち何か一悶着起こるかもしれねぇ。そうなったら―――どうする?」

サイファーはニヤリと口端を吊り上げて笑う。この男はこんな笑みがよく似合うものだ。

「そのときは……そのときだな」

今にも崩れ去りそうなほど危ういつかの間のひと時。砂上に造られた城のように脆く、軽く触れただけで消えてしまう。スコールが窓に目をやると、いつの間にか雨脚は弱まりかけていた。だがそれでも雨は止むことはなく静かに振り続ける。

この雨が全ての現実を洗い流せばいいのに―――。

完 
20150316