LOS短編 | ナノ

願わくば、この幸せが少しでも長く続かんことを―――

このガルバディアにも、何度目か分からない麗らかな春の季節が訪れた。だが他の大陸に比べて春は短く、ほんの僅かな刻しか生きとし生けるものに恵みを与えてはくれない。だからこそ木々や花は全力で芽吹き、儚いまでの美しさを醸し出す。そして限られているからこそ美しい命を、美しい理由を知らずに人は愛でるのだ。

今日は二人一組のペアを組んでの訓練である。使用している剣は騎士団から支給された練習用であるため、剣先が丸くなっている構造だ。剣と剣が触れ合うたびにキィンと甲高い音が中庭全体に響き渡る。

最初はこの音を聞くと足が震えたものだ。この音を聞くと、嫌でもここが戦場だと、自分は戦っているのだと思わされる。剣を血と脂で染め、抗えないほどの罪を背負っても生き続ける自分自身。死にたくないから剣を振るい、生きるために他人の命を犠牲にする。

だがそれは戦場に立つ者全員に当てはまることだった。誰もが祖国のためにという旗を掲げながらも、結局は自分のために剣を振るうのだ。家族の、友人の、護りたいと想う人のために剣を血で染める。それが結果的に国に貢献し、祖国を護ることに繋がっていく。

誰も国の、ましてやその長である王のために剣を持つのではない。―――そんなこと、分かりきっていたことだというのに。

それでも祖国を、そこに住まう人々を護りたいと願ったのは本当だった。かつて暴走しつつある祖国を救うために全てを捨ててこの国と戦った。当時は反逆者としての汚名を着せられていたというのに、今ではすっかり英雄扱いである。だが英雄とは人が創りし偶像にすぎないと、彼はそう思っていた。

「あの……レオンハート教官?」

たどたどしい小さな声で名前を呼ばれ、慌てて我に返った。辺りを見回すと、そこは今ではすっかり見慣れた景色となった王城内にある中庭である。

彼は自分自身に目を落とす。その身を包む鎧はかつての漆黒と同じ色。だが違う点は背中にガルバディア騎士ということを示すマントがあるということだった。

「……すまない。少し呆けていたようだな」
「あ、いえ。どうかなれたのですか?」
「いや、少し昔を思い出していただけだ」

もう何年前になるだろうか、この国が帝国として生まれ変わり起きた戦争は。結局一年余りで前皇帝は亡くなり、今では十三貴族が政治を取り仕切っている。たしかその中でもトップに君臨しているのはカーウェイ家のはずである。現在のカーウェイ家の当主は非常に厳格で、だが誰よりも国を想っている人で、民だけでなく貴族からも慕われていると聞く。

あの戦争で喪ったものはあっても、得たものは何一つなかった。ただ『魔女』の存在は公にはされておらず、全てはデリングの独断という形で幕を閉じた。

そして残る問題はというと―――現魔女の存在だった。

「じゃあ今日はここまで!」

明るく透き通った声を合図に、ずっと静かだった空間に喧騒が広がりだした。そこにいる誰もが鎧を纏った若き騎士達で、まだ表情には初々しさが残っている。ただ普通の騎士とは違って、誰も剣を装備していないことだけを除けば至って普通の騎士に見えた。装備していないのは当然で、今日は擬似魔法の訓練だった。

G.F.を宿していない状態でも魔法は使えるため(ただし威力は半減するが)、ちゃんと騎士には魔法学の授業が存在している。そしてリノアは、今は魔法学担当の教官という立場にあった。元々魔法の才があったらしく、当事から魔法学の成績は良かった。それが『魔女』となった今では、国一番の才の持ち主と謳われるほどになっている。

だが魔女になったという事実は一部の人間しか知らない事実だった。知っているのは余程の信用が置ける人達だけで、スコールやサイファー、そして現カーウェイ家の当主ぐらいのものである(カーウェイ家当主は不可抗力だ)。

だが魔女になってしまったからといって、決してリノアは悲観などしていない。むしろこの力を何かに役立てようと前向きに考えていた。元々明るい性格だったためか、彼女は諦めることを知らない。

あの戦争が終わると、リノアはスコールと共にデリングシティへと帰ってきた。カーウェイ家当主で(一応)父親である男に何か言われるかもしれないと臨戦態勢で挑んだが、これといったお咎めもなく(逆に小さな声でありがとうと感謝されたぐらいだ)、結果的にリノアとスコールは再び騎士団へと戻ることが出来た。

今では帝国でありながらも、かつて王国だった頃の姿に戻りつつあった。だが微妙に違っている点もある。例えば政治は国王ではなく十三貴族全員の話し合いで進められていることや、以前よりも民の暮らしが豊かになりつつあるとか(他国との貿易が盛んになってきている証拠だ)、その程度のこと。でもその程度のことがどれほど嬉しいだろうか。この国が潤うなら、戦争も仕方がないと思っていた。

だが実際はそうじゃなかった。他国を侵略せずとも、得られる幸せは十分にある。願わくば、この幸せが少しでも長く続かんことを―――。

完 
20150316