LOS本編 | ナノ

……あなたのことなら、なんでもお見通しなだけだよ、スコール

ガルバディアには十三貴族と呼ばれる一族が存在している。国王に次ぐ権力を持ち、その権限は政治に口を出すことも可能なくらいである。しかし王国から帝国に変貌した際、皇帝は十三貴族の権力全てを奪い去ってしまった。唯一国王と対等に話せる身分を持っていたためだろう。独裁政治を行うには、彼らはただ邪魔な存在だけだったのだ。

リノアはその十三貴族の一つ、カーウェイ家の令嬢だった。現当主である父親はお淑やかな女性に育ってほしいと願っていたが彼女は自由奔放で、鳥籠を嫌い自らの翼で自由に大空を羽ばたかんとする鳥そのものだった。

そんな彼女の小さな頃から好きなことは、ダンスでもお人形遊びでもなく―――剣の稽古。小さい頃から屋敷に出入りする貴族階級の騎士から剣を教わっていた。その才能はみるみるうちに開花し、十五歳の春、リノアは王国騎士団に入ることを志願したのだった。

だが当然の如く父親がそれを許すはずもない。しかしリノアも一歩も譲らなかった。結果的にリノアは屋敷を飛び出すという形で王国騎士団に入ることができた。だがこれが、リノアにとって生まれて初めての人との出逢いを齎すことになる。

***

「じゃあ今から君を指導する上官を紹介するよ」

まだ初々しさが残る騎士候補生の制服を着たリノアは、一人の青年騎士にある場所へと案内されている途中だった。王城で入隊式を済ませた新米騎士に待っていることは、これから自分を指導してくれる上官への挨拶である。リノアは自分の上官にあたる人がいるという司令室へと向かいながら、緊張した面持ちでさっきから無言状態だった。心臓はバクバクといつもよりも速く脈打つし、頬も赤くなっていると自覚できるほど熱い。

怖い人じゃありませんように!

さっきからこればっかりがリノアの思考を堂々巡りしている。教わるなら優しい人がいいと思うのは至極当然のことだろう。

「着いたよ。じゃあ僕はこれで……」

そう言うと案内してくれた青年騎士は背中を向けてすたすたと、今しがた歩いてきた方向へと逆戻りする。リノアは司令室(であろう)のドアの前に独り立ち尽くす羽目になってしまった。あっという間だったが、「心の準備がまだできてないのに!」とはさすがに言えず、案内してくれた青年騎士の背中に軽くお辞儀をすると再びドアに目をやり大きく深呼吸をする。それを何回か繰り返すとリノアは表情を引き締め、ドアを二、三回ノックした。

「リノア・ハーティリー、入ります」

屋敷を出るとき、それまで名乗っていたカーウェイの姓は捨てた。今は母方の姓を名乗り、カーウェイ家の人間だということを隠している。しばらく待ってみると中にいるであろう上官から入室許可が下りたので、リノアは更に表情を引き締めてゆっくりとドアを開けた。

中に入るなり心臓が今まで以上に大きな音を立てて(他の人に聴こえるのではないかと思われるほどだ)、頬がそれこそ林檎と間違えられそうなほど朱に染まる。リノアの目の前には一人の男性が膨大な書類の整理をしているところだった。デスクには目を疑ってしまうほどの書類が山積みにされ、男性はその一枚一枚を丁寧に余すことなく目で追っていく。その真剣な眼差しに、いつの間にかリノアは目を逸らせなくなっていた。

あれ……どうしちゃったの私!?

過去最高と思われるほど心臓の鼓動が速い。あまりの速さに苦しさを覚えるほどである。そしてさっきよりも頬が熱くなっているような気がする。一体自分の体に何が起きているのだろうか。

「あ、あの!」

リノアは緊張のあまり声が少し裏返ってしまった。男性も視線を上げてリノアの顔をまっすぐに見る。少し鋭い印象を与えてしまうほどに細められた瞳が、若干訝しげに顰められていた。リノアは気恥ずかしさのせいか慌てて俯いてしまう。

最初から失敗してしまった……。

恥ずかしくて顔を上げられない。いや、本当にそれだけだろうか。何か他に理由があるのではないか? だが今のリノアにそこまで考えられるほど余裕はなかった。浮かんだ疑問を頭の隅っこに追いやると、床に頭をぶつけてしまうのではないかと思われる勢いで頭を下げた。

「ほ、本日付でこちらの隊に配属されましたリノア・ハーティリーです! よ、よろしくお願いします!」
「……スコール・レオンハートだ。こっちこそよろしく頼む」

顔を上げると、どうやらスコールは苦笑しているようだった。そんなにおかしかっただろうかと、リノアは内心で首を傾げる。これがスコールという男性との出逢いで、そのときのリノアには、彼が生まれて初めての恋をする人になるとはこれっぽっちも思っていなかったのである。

***

ガーデン討伐の命令が下った日から三日後。ついにガーデン討伐作戦を実行するときが訪れた。作戦実行は今日から二日後だが、移動時間を考慮すると今からの出発を余儀なくされていたのだ。リノアは既に支度を整えており、後は船に乗り込むだけである。

現在リノアがいる場所はデリングシティではなくドールだった。あの戦争以来この地に訪れていなかったが、ここに辿り着くまで街にはドールの住人の姿が見当たらなかった。リノア達ガルバディアの騎士達が訪れるなり、一斉に家へ引きこもってしまったのだ。歓迎してほしいとは思っていない。仕方がないこととはいえ、ここまで露骨な態度をとられるとさすがに胸が痛む。

だが他の騎士達はそうではないらしい。ここの港では遠征するための出港準備が慌ただしく行われており、先ほどから騎士の出入りがひっきりなしである。彼らは住人のことなど眼中にないのか、戦争前とは思えぬほど陽気な雰囲気で船に積荷を運びこんでいる。リノアはここで何をするでなく、ただ海を眺め続けていた。ここからだと東に位置するバラムが薄っすらとだが視認できる。

―――あの島にスコールがいる。

そう考えただけでも胸が高鳴った。だが今回は喜んでいられない。スコールに会いにいくのではなく、殺しに行くのだ。会う場所は戦場で、抱き合うのではく剣を交えあう。いい加減、覚悟を決めなくては―――。

「―――た、大変です!!」

港中に響いたのは切羽詰ったような叫び声だった。それこそ何事かと、港にいた騎士達は声のしたほうを向く。そこにいたのは自分達と同じ鎧を纏った若い伝令兵だった。鎧の真新しさからして、新米兵だろうか。彼の表情は誰が見ても分かるほどに青ざめていて、それは明るい陽の日差しに照らされていてもよく分かる。

「何が大変なんだ〜? こっちも積荷が多くて大変なんだよな〜」

船へ積荷を運んでいた一人の騎士は冗談めいた口調で大声を張り上げた。近くにいた他の騎士達も軽快な笑い声を上げる。だがリノアだけは笑うことができずにいた。彼の様子はどこかおかしいと、直感的に悟っていたからだ。

「て、帝都がっ! 帝都がガーデンに襲撃されましたっ!」

笑い声が一斉に聞こえなくなった。笑っていた者達は口を半開きにしたまま固まってしまう。それもそのはずで、この大陸に存在している港はここドール港だけなのだ。だがここは既にガルバディア領となっている。港にはガルバディアの船と化したドールの船しかない。バラムからデリングシティに至るには、必ずここを経由するはずなのに、ガーデンはどうやっていきなりデリングシティへと攻め行ったのかがわからないのだ。

「早急に帰還し、帝都の防衛に当たれとのことです!」
「急ぎ帰還し帝都の防衛に当たれ! 敵はガーデン、そして裏切り者の出奔者スコール・レオンハート、行け!」

そこからの行動は実に迅速だった。騎士団長の号令一つで他の騎士達は馬に跨り、デリングシティに向かって駆け出した。だが部隊中では戦慄が走っていた。スコールがガーデンに下っていたという事実は、この間の一件で帝国騎士団中に暴かれてしまっている。生き残りの帝国騎士の一人がスコールの姿を目撃し、皇帝に伝えたのだ。スコールという存在は今なお騎士達には憧れの存在だった。その憧れの存在を、自分達は倒すことができるのか? リノアと似たような疑念を、他の騎士達も抱いていたのだ。

船はドールの駐在部隊に任せ、積荷やその他必要な物を全て投げ出して。誰もが自国を護るために進む中、リノアだけは別のことを考えていた。何故このタイミングでガーデンが攻め込んできたのか。今なら主力部隊は遠征のためにデリングシティにいない。防衛部隊がいるにはいるが、それでも戦力は通常の何十倍にまで落ちていることは明白だった。つまり、今なら帝都の警備が手薄なのだ。攻め込むなら今しかないだろう。海を渡ってからとも考えられるが、海を渡ってしまったのなら戻るよりもそのまま進み、ガーデンを潰したほうが効率はいい。

つまり、本当の意味で攻め込むなら今が絶好の機会だったのだ。帝都が手薄になり、尚且つバラムが攻め込まれる心配のない今こそが。こんな絶妙なタイミングで攻撃を仕掛けられる人間など、リノアは一人しか知らない。

―――スコール!

彼に違いない。だが何故こちらの動きが読まれていたのだろうか。……こんなことは考えたくないが、内通者でもいるのだろうか。それもスコールが絶対的な信頼を置ける人物の中で。浮かんだのは一人の男性の顔だった。だがそんなわけないと、これ以上考えることを止める。スコールはガルバディアを止めたいと言っていた。そしてこの戦争の裏には魔女も絡んでいるとも。つまりスコールはガルバディアを滅ぼしたいわけではないのだ。ただこの戦争を止めたいだけ、昔の平和だった頃に戻したいだけ。ならスコールは何を狙う? 王城を陥落させるのか、それとも皇帝を殺めるのか。

「……そっか!」

リノアの表情に閃きが駆け抜ける。彼のことなら誰よりも理解していた自分自身の考えを信じて、リノアは急いで馬を走らせた―――。

***

デリングシティから北東に進んだ先に、名もなき王の墓と呼ばれる場所がある。そこは昔から様々な噂がされており、誰も決して近づこうとはしなかった。噂というのはどれも信憑性に欠けるもので、幽霊が出るとかおかしな生物がいるとか、その程度のものだった。

しかし数年前から気になる噂が飛び交っていた。名もなき王の墓には、不思議な力を宿した女性が住みついている、と。勿論今までが今までなだけに、誰もその噂に躍らされることはなかった。ただ一人―――スコール・レオンハートを除けば。

全ては彼の作戦の内だった。サイファーの情報でいつ征東するかが分かったため、スコールは先手を打ったのだ。完全な隙が生まれるこの瞬間を狙って、一気にデリングシティへと攻め込んだのである。だが所詮それも陽動作戦だった。デリングシティを襲撃することで敵の注意をそちらへと向けさせているうちに、彼は真の目的を果たすために一人この名もなき王の墓を訪れていた。

ここに奴がいる―――。

名もなき王の墓の内部へと踏み出そうとしたそのとき、彼の背後から何かが向かってくる気配を感じた。反射的に振り向くと、ガンブレードを横へ薙ぎ払うことで向かってくる何かを切り裂く。スコールが切り裂いたものは炎の塊だった。灼熱の炎の塊がスコールの周囲で霧散していく。間違いない。これは擬似魔法ファイガだ。スコールは瞳をとじて、自嘲気味に口端を歪ませていた。やはり彼女だけは騙されてはくれなかった。一番騙されてほしかった人だというのに、彼女だけが自分の考えを読みここへと辿り着いてしまった。

「―――何故ここが分かった、リノア?」
「……あなたのことなら、なんでもお見通しなだけだよ、スコール」

スコールの目の前には寂しげな笑みをうかべ、ヴァルキリーを構えるリノアがいた。

第8話へ続く 
20130331