LOS本編 | ナノ

帰ろう? 今ならまだ間に合うと思うの……だから

終わりを告げたのは今から半年前、この世界統一戦争が始まる前日のことだった。 世界統一戦争のために征東すると本格的に始動したと同時に、リノアの前から彼は姿を消した。

彼―――スコールはガルバディアきっての名将で、歴代の騎士の中でも上位だと謳われるほど、彼の評価は高かった。G.F.の王であるバハムートを従え、蒼い輝きを放つ最高峰のガンブレード、ライオンハートを操る。若干二十五歳という若さで騎士団の頂点である騎士団長の座にまで上り詰め、まさに全てにおいて最強に相応しいとされていた。だがそれも全て半年前のこと。半年前、突如スコールはガルバディアから姿を消した。以後その姿を見たものはなく、敵国に寝返ったとも、どこかで死んだとも噂されるほどだった。

真実はリノアだけが知っていた。何故ならスコールが姿を消したあの日、彼女の元に彼から手紙が届いていたのだ。その手紙には別れを告げる内容が書かれており、彼女は慌てて家を飛び出すなり、馬を走らせスコールの姿を捜した。そしてモンテローザ高原でスコールの姿を発見することが出来たのだが、そのときの彼は自分が知っている彼とは別人のように思えた。既に彼は騎士団の甲冑を纏ってはいなかった。騎士団の人間にはありえないことである。騎士団の甲冑を纏っていないということは、もう騎士団に戻るつもりはないという意思表示だ。

「……どうして?」

瞳に大粒の涙を浮かべながら、リノアは弱々しく何故と問うことしかできずにいた。しかし彼はリノアの問いかけには答えず、ただ真っ直ぐに彼女の目を見つめているだけ。二人の間を風が攫う。

「帰ろう? 今ならまだ間に合うと思うの……だから」

明日にはガルバディアの進軍が、世界統一を掲げた戦いが始まるというのに。スコールはその指揮官に選ばれ、またリノアもそんな彼について行こうと決めていた。どうして今になってこの国を、思い出を、そして自分までをも捨てようとするのかわからない。何故この国を捨てるのか? 一緒に帰ろうと説得しようとしたが、それは彼に頑なに拒絶された。リノアはよろよろと覚束ない足取りでスコールの手を掴もうと近づいた。

「……すまない、だが俺にはもうこの道しか残されていないんだ」

ライオンハートの剣先をリノアへと向ける。彼はリノアが近づくことすら許さなかったのだ。触れようとしていた指先に剣先が向けられ、リノアは伸ばしかけていた手を引っ込めるしかなかった。涙で視界が滲み、はっきりと彼の顔すら見られなくなっていた。もう自分の言葉がスコールに届くことはない。次に会うことがあれば、自分は騎士として裏切り者のスコールを処断しなければならない。リノアも覚悟を決めた。リノアはヴァルキリーの剣先をスコールへと向ける。本来ならこの場で斬らねばならないのかもしれない。だが今の自分にはそれができそうにない。だから二度とこの地を踏ませぬよう、剣先を向けたのだ。それが決別の意思表示だった―――。

それ以来リノアは以前と比べてあまり笑わなくなった。というより口数も少なくなったというべきか。あの日まで活発で天真爛漫だった少女は、今ではもうその面影は感じられない。それどころかもっと剣の腕前を磨くため特訓に励み、彼女は部隊長という立場にまで上り詰めた。

だが名将スコール・レオンハートの出奔という事件は、彼女の心にあまりにも深すぎる傷を残していた。スコールが出奔して半年が経過した今でも彼を信奉する騎士は多い。故に彼の話は禁句とされていても、騎士達の会話でその名を聞くことがある。誰かしらの口からスコールという名前が飛び出すたび、リノアの表情は強張った。少し名前を聞くだけでも体が敏感に反応してしまう。忘れようと意識するたびに逆に彼のことを考えてしまう。それどころか気がつけばいつも彼のことを考えてしまっている。今頃何をしているのか、生きているのか、或いは噂は本当なのか……考え出したら止まらないのだ。止めようとしても思考が勝手に考えてしまっている。

あのとききっぱりと別れることができていたなら、ここまで未練がましく恋い焦がれ続けることもなかったのかもしれない。半年前、彼にどういう心境の変化があって国を出奔したのかさせ、リノアにはわからない。もう一度会いたいと願い続けていた。だがだからといって、これはあまりにも残酷過ぎるのではないだろうか? 目の前の敵が、この世界で最も愛した男だなんて―――。

***

目の前で静かに佇む彼の姿に、リノアは息ができなくなった。それは半年ぶりの再会だった。死んでいるとも噂され、生死不明とされていた彼が自分の目の前にいるのだ。これほど嬉しいことがあるだろうか? しかし彼は目の前にいるのだ。これが示す答えは一つのみ。

―――スコールはガルバディアの敵であるガーデンの人間になったという事実だ。

「……久しぶりだな。G.F.を召喚したということは、無事継承儀式をクリアして部隊長に昇格したんだな。おめでとう」

スコールが寂しげに笑う。半年ぶりに聞くスコールの声に、リノアの胸が大きく震えた。何度この声をもう一度聞きたいと願ったことだろうか。

「どういうこと? どうしてスコールがここにいるのっ!? どうしてガーデンなんかに!?」

リノアの声は悲鳴に近い。彼女の思考はもう何が何だかわからないほど混乱し、頭で考えるよりも勝手に口が動いていた。

「……今はガーデンに身を置いている。俺はなんとしてでもガルバディアを止めたいんだ」
「止めるってどういうこと?」
「リノアはこの戦争の裏で何が動いているのか知っているのか?」
「う、ら……?」

スコールの言いたいことが理解できず、リノアは裏という言葉をもう一度繰り返す。返事がないことからスコールはそれを返事として受け取り、更に話を先へと進めた。

「いまこの国は魔女によって裏で操られている。デリングが戦争に勝利するために、自分が王の椅子に座るために魔女と手を結んだんだ」
「そ、そんな……!」

魔女の存在は知っている。自分達が使う擬似魔法などとは比べ物にならないくらい強力な魔力を持つ女。歴史を学べば一度は耳にする単語だ。歴史の上で大規模な大戦があると、必ずといっていいほど裏で魔女が暗躍していると言われるほどである。最も多くの魔女はそういった噂を流す人間に関わらず、俗世を離れひっそりと暮らしているほうが多いともきかれる。

確かに魔女を利用すれば、他を寄せつけない圧倒的な力で戦いに勝つことができるため、大戦争ともなれば誰だって勝つために魔女の力は欲しくなる。しかしあろうことかデリングもこの戦争に勝つために、デリング自ら王の椅子の座につくため魔女と契約したとスコールは言ったのだ。前国王は何者かに暗殺された。まさかという疑念がリノアの脳裏を過る。

「さっきの光を見ただろう? あれもその魔女がやったことだ。魔女が、デリングが、自分に逆らうとこうなるという見せしめに、一瞬で村を消し去ったんだ」
「……スコールは、全てを知ってしまったから国を捨てたの?」

そう考えると何故スコールが国を出奔したのか説明がつく。何しろその日までは出奔などということをするようには見えなかったのだ。この国が魔女に支配されつつあると知ってしまったからこそ、彼は国を捨ててガーデンへと身を寄せたのだろうか? 魔女とデリング、力の差は歴然だ。一見デリングが魔女を支配しているように見えても、実際のところデリングが魔女に操られている可能性が高い。もしかするとデリングは魔女を自らの支配下に置いている気でいるのだろうか。だが国のトップの背後に魔女がいるなど、この先ろくなことしか待っていないことだけは確かだ。自分達は国のためではなく、魔女のための騎士に成り下がれとでもいうのか?

「……それもある。一年前、俺は偶然にも王城に魔女がいるところを目撃した。独自の調査で魔女がデリングと内通していることも突き止めたりもした。だがリノア、あんたは考えたことはないのか? この戦争が正しいと、本当にそう思っているのか?」
「そ、それは……」

痛いところを突かれた。この戦争の意味を、リノア自身が一番知りたかったからだ。自分達は果たして善なのか悪なのか。そもそもこの戦争は一体何のために、誰のためにしていることなのか。考えれば考えるほどわからなくなる。ガルバディアのために他国の人間の生活を、居場所を、何もかも奪おうとしている自分。リノア達が戦争に勝てばガルバディアの民は喜ぶだろう。その反面、ガルバディアに国を奪われた大勢の人達には悲しみしか残っていない。自分達の幸せのために、他の人の幸せを奪う行為。そんなもので得られる幸せなんて、虚しいに決まっている。

「で、でも! この戦争に勝利したらこの国はもっと潤うし、発展だってするじゃない!」
「そのために今もどこかで家や家族を失う人間がいるとしてもか?」

リノアには反論できる手札が一枚もなかった。ばつが悪そうに下を向く。スコールが言ったことは、今まで自分がわざと考えないようにしていたことだった。そう、本当は最初から分かっていたのだ。この戦争は無意味だと。この戦争は間違っていると。わかっていながらも、自分にはこの戦争を止める力がなかった。スコールのようにこの戦争を止める勇気がなかっただけなのだ。

「だったら……」

リノアは俯いたまま静かに言葉を切り出し、ゆっくりと顔を上げる。完全に視界が歪んでいて、スコールの輪郭さえまともに捉えることが出来ずにいた。

「……だったらどうしてあの日、私も連れて行ってくれなかったのよ!?」
「……っ!」

スコールは息をすることを忘れるほど、リノアの悲痛な叫びに全身を強張らせた。

「あのとき一緒に行こうと言ってくれたら……全部話してくれていたら私は迷わずあなたについていった! ううん、話してくれなくても、あなたが行こうと言ってくれれば一緒に行った!」

一人で抱え込まず全部話してくれていたら、迷わず自分はスコールについて行っていた。何故あのとき何も言ってくれなかったのだろうか。全てを知っていたら、何があっても一緒について行くに決まっているのに。例え何も言ってくれなくても、一緒に行こうと言ってくれたのなら、そこがどんなに過酷な場所でも喜んでついていった。そうすればこうして戦場で敵同士として再会することもなかったのに―――。それだけ言うと、リノアは再び俯き堪えるような嗚咽を漏らし始めた。

スコールはそんなリノアに手を伸ばしかけるが、寸前でその動きを止め、悔しそうに唇を噛み締めながらそっと手を引っ込める。今の自分には彼女を抱き締めてやる資格などない。自分は彼女を捨てたのだと、必死になって言い聞かせる自分に嫌気がさした。スコールは近くに控えていた仲間の一人に声をかけた。

「……ゼル、退くぞ」
「いいのかよ!? 女っつてもこいつはガルバディアの騎士だぜ?」
「もうここには戦える者はいないだろう。俺達は殺しに来たんじゃない。それに……これはガーデンの指揮官としてではなく、スコール・レオンハートとしての頼みなんだが……彼女を見逃してやってほしい」
「はぁ!? なに言ってんだよ? G.F.を召喚したってことはその女、部隊長なんだろ? 利用価値はあるぜ」
「………頼む」

抑揚のない低い声でそう言うなり、スコールは頭を下げた。まさか頭を下げられると思っていなかったのか、ゼルは言葉を詰まらせた。

「……わかったよ」

ゼルはチラリとしゃがみ込むリノアに視線を向けた。その表情は複雑そうに眉を八の字にさせており、この場を立ち去ろうとしているスコールとその場にしゃがみ込んだまま泣きじゃくるリノアを交互に見る。だがスコールの姿が完全に見えなくなる前に、ゼルは申し訳なさそうにしながらも彼の後を駆け足で追いかけた。

―――この日から一週間後、帝国騎士団にガーデン討伐命令が下ることになる。

第6話へ続く 
20130331