LOS本編 | ナノ

持てる全ての愛を捧げた最愛の人

遠くから次第に近づいてくる馬の嘶く声と雄雄しく駆ける足音。それがリノア達騎士を我に返す合図だった。今起きたことは一瞬のうちに頭の片隅へと押し込まれ、目の前に迫り来る敵に全神経を集中させる。何が起きたか全くわからないため、頭の中は未だに混乱していた。だが戦場では敵以外のことを考えたら最後、生き残ることは不可能である。

「敵襲です! あの徽章は……ガーデンです!」

見張り台にいる騎士が敵襲を知らせる鐘を鳴らした。徹底的に訓練された体は即座に反応し、各自一斉に戦闘防衛態勢に入る。リノアも先ほどまでの考えを振り払い、相手よりも早く目の前の敵を斬ることだけを意識する。

ガーデンということは、おそらくこの村の内乱を嗅ぎつけて来たに違いない。ガーデンについてはリノアも噂しか知らず、その存在をこの目で拝むのは初めてだった。無意識にガンブレードを持つ手に力が入る。掌が不自然なくらいに汗ばんで気持ち悪い。ここまで緊張するのは久方振りだ。音がだんだんと近くなってくる。地鳴りかと思われるくらい響く馬の駆ける音から、かなりの人数がいると予測された。しかし怯むわけにはいかない。

こちらにはG.F.という最強の力があるのだ。だからきっと負けるはずがない―――。

そう暗示でもかけないと立っていられないほどの見えない気迫がリノアを襲う。まだ敵の姿を捉えていないというのに、気持ちの面で既に負けそうになる。ついに視界に捉えることが出来るほどの至近距離にガーデンの騎士達が姿を現した。馬に跨り、甲冑で身を隠す騎士達は迷うことなくこちらへと向かってきている。駆けるその姿は最早疾風の如く。

―――そして、ガルバディアとガーデンの戦いの火蓋が切って落とされた。

***

「―――はぁっ!」

リノアのガンブレードと敵の剣がぶつかり合い火花を散らす。噂通り、ガーデンの兵士達は精鋭揃いだった。ガーデンの兵士のそのほとんどが騎士団の部隊長クラスの実力を持っているといっても過言ではない。そもそも自分達騎士とは戦闘スタイルがまるで違う。騎士は剣のみを扱うのに対し、彼らは剣だけでなく様々な遠距離武器や体術を扱う。中には見たことのない武器まであった。自分達が知らない地方の武器か、それとも新しく開発された武器だろうか?

鍔迫り合いではリノアのほうが上だった。相手の剣を弾くと同時に、ガンブレードを相手の腹部目掛けて突き刺した。戦場ではいちいち相手を斬ってはいられない。斬るという動作は隙が大きく、その間上半身はがら空きなのだ。したがって剣を持っていても、戦場では斬るのではなく突き刺すことが多い。全体重を前にやり、甲冑の僅かな隙間や脆い部目掛けて、渾身の力で剣を相手の体に突き刺すだけだが、これが意外にも致命傷を与えやすくなり、何よりこの方法なら斬るよりも早く倒すことが可能なのだ。

ただこれはどんな騎士にも言えるのだが、次第に刀身が人の脂で鈍くなり斬り難くなってしまう。酷い場合は今倒した騎士の剣を奪いうこともあるくらいなのだ。しかしリノアのガンブレードは刃こぼれ一つしていない。見た目の美しさとは裏腹に、その刃は恐ろしいまでに研ぎ澄まされていた。

「うわぁ!?」

リノアの近くにいた味方の騎士が、純白の鎧から鮮血を撒き散らし倒れた。体がありえぬ体勢で倒れたことから、既に息はないのだろう。リノアはかつてない恐怖に思考を鈍らされていた。だが仮にも部隊長の自分が恐怖に負けてはならない。自分が弱腰になれば、戦場ではそれは部下の死にまで直結し、果ては全滅という最悪の結果が待っている。いまリノアがすべきことは自分が先陣に立ち、部下達を奮い立たせることである。

「怯んじゃ駄目! 右翼後方に隙があるわ。そこに戦力を集中させて!」

しかしそうは言っても、リノアにだってこの戦に勝ち目がないことくらい容易に想像がついた。何故ならこの状況、どう見てもガルバディアの劣勢だったのだ。要因はすぐさま思いつく。奇襲ということでこちらは完全に出遅れた。先ほどまで戦っていた騎士ばかりだったので、疲弊し負傷した騎士も多く、最初から数でこちらは劣っていた。何よりずっと連戦続きだった者が大半を占めていたため、体力的にも精神的にも万全の体調ではなかったのだ。

それにこんな辺鄙な村の小規模な内乱を鎮圧するためだけに自分達はここにいる。そのため主戦力となる部隊は存在しておらず、隊長クラスは別格でも一般騎士はというと弱小に近い者ばかりだったのだ。ガルバディアが恐れる戦闘能力を持つというガーデンの兵士達に、最初から勝てるわけがなかった。絶望がリノアの心を侵食し始める。

だが何もしないまま諦めたくない、後悔だけはしたくない。同じ死ぬなら騎士らしく、せめて敵に一矢報いようではないか。あまり使いたくはなかったが今となっては仕方がない。リノアは剣を天高くに翳すと、凛とした力強い声で自身に宿るG.F.を呼ぶために叫んだ。

「―――リヴァイアサン、大海嘯!」

リノアの声と呼応するかのように、彼女の少し後ろの空が不自然に歪んだ。それが召喚の前兆と知っている味方の騎士達は期待に満ちた眼差しを送り、逆にガーデンの騎士達は何が起きるのかとじっと食い入るように空を仰ぐ。

やがて空が裂け異次元から現れたリヴァイアサンが巨大な岩山を出現させた。更にその上から激流を引き起こし、辺りの騎士達をその激流が飲み込んでいく。一瞬のことでガーデンの騎士達は逃げることが出来ず、様々な断末魔を上げながら水の流れの中に消えていった。リノアは更なる追撃をするために、再びリヴァイアサンに命令を下す。

「リヴァイアサン!」

再びリヴァイアサンが発生させた激流がガーデンの騎士達に襲いかかろうとしたそのときだった。

「―――バハムート、メガフレア」

再び空が裂けたと思えば、そこから何か巨大な生き物が姿を現した。上空から舞い降りたのは一匹の偉大なる竜王。大きな翼をはためかせる度に地上では突風が吹き荒れ、竜王の前ではちっぽけな存在と成り果てた人間は次々に吹き飛ばされていく。バハムートから発せられた咆哮とリヴァイアサンが生み出した激流がぶつかり合うと、強大なエネルギーが相殺し合い、眼が眩むほどの閃光がリノアを包み込んだ。

だがそんなこと、いまのリノアにはどうでもよかった。

バハムート。自身が使役しているリヴァイアサンと同じG.F.、それどころかG.F.の中で頂点に君臨する伝説の竜である。それを宿している人物は自分の知る限りでは一人だけ。その人は帝国で最強と言われ、伝説の騎士という二つ名まである人で。

でもそんな肩書きは私にはどうでもよくて。

その人はガンブレードの使い方を教えてくれた恩師で、騎士とは何かを教えてくれたかつての上官で……。そして―――持てる全ての愛を捧げた最愛の人。

リノアの目の前に現れたのは、漆黒の鎧を纏った青年だった。彼の額には大きな傷痕が鮮明に刻まれており、それが彼の強さを一層に惹き立てる。少し無造作に伸ばされた髪が静かに靡いた。同時にリノアとは対照的な真紅のマントも揺れる。小さな音と共に揺れるそれは、まるでリノアの心と共鳴しているかのようにどこか切ない音のようにも聞こえた。

「……どうして?」

目の前に叩きつけられた現実が信じられず、リノアは全身から力が抜けていくのを感じた。手に収まっていたヴァルキリーが滑り落ち、虚しい音を立てて地面に転がる。

「……どうしてあなたがここにいるの、スコール?」

リノアは愕然とした表情を浮かべながら、ゆっくりと地面に膝をつく。立っていようにも足に、全身に力が入らないのだ。その瞳には光など宿ってなく、輝きを失った瞳でじっと自分を見下ろしているスコールを見上げるしかできずにいた。

第5話に続く 
20130331