LOS本編 | ナノ

自分がどこにいるかで変わる正義など、なんと陳腐で脆いことなのか

結果的にドール攻略戦はガルバディアの勝利で幕を閉じた。約一ヶ月にも及んだこの戦いは、両者とも多大な犠牲を払ってしまっていた。だが被害はドールのほうがガルバディアの数十倍もある。それは他国からは無敵と恐れられる帝国騎士団の活躍によるものだった。

帝国騎士団。元は初代国王が自国を護るために結成した王国騎士団だった。自国を護るためだけに存在し、護る以外では剣を振らないという掟があったこの騎士団も、デリングが皇帝に即位するとその役割も変わった。昔の掟は置き去りにされ、今では他国を侵略するために剣を振るっている。

最初の頃は騎士達にも抵抗があった。しかし自国のためと言われてしまえば逆らうことが出来ない。逆らえば騎士の位を剥奪されるだけでなく、政治犯として牢獄へ送られてしまうと頭でわかっているため、誰もデリングに逆らうことができずにいたのだ。自国のために、民のために戦うことで国が潤い発展するならと、次第に現状を受け入れる騎士達が続出していった。そして一年も経つと昔の掟を忘れる者ばかり蔓延り現在に至る。

この帝国騎士団では選ばれた者だけに行われる一つの試練がある。世界中のあらゆる場所に眠るというG.F.を従えさせることが出来る素質があるかを試すのだ。具体的にはG.F.が眠ると言われる場所に赴き、戦いを挑むのである。その戦いに勝利した者はG.F.をその身に宿すことが出来、尚且つ部隊長の称号を与えられる。

騎士団では部隊長になることは何よりのステータスで、部隊長は騎士団だけでなくガルバディアに住む人々の憧れの的だった。背中のマントは部隊長の証で、マントには大きくガルバディア帝国の徽章が描かれている。当然リノアもサイファーも部隊長なのでその身にG.F.を宿している。

騎士団が無敵に近いのはこのG.F.の影響が大半を占めていた。人外の力で全ての者を圧倒し征服する力で、ガルバディアは次々と領土を増やしていったのである。逆らえばG.F.の力によって国を焼かれ民の命を奪う。そのためデリングの残虐性に他国の不満は今にも爆発しそうになっていた。勿論この騎士団に所属する騎士達のレベルも高いため、普通の騎士ならば簡単に凌駕することだろう。帝国騎士団。それはガルバディアが世界に誇る、人外の力を宿した騎士達のことだった。

***

「……しかし予想以上に長引いたな。意外としぶとく抵抗するんだよな、あそこの連中」

ガルバディア領と化したドールでの戦いを終えたリノアとサイファーは、約一ヶ月ぶりにデリングシティの地を踏みしめていた。やはりここは年中寒い。遠征に行っているとあらゆる土地へと赴くために、この寒さが余計に身に沁みる。早く暖かい土地と豊かな資源を民にも与えてやりたい。それは騎士団全員の願いであり想いだった。しかしそのために、今自分達がしている行為が正しいのかと訊かれれば、リノアは答えることができずにいる。

「さっさと降伏したほうが被害も小さく済んだだろうに。今回はG.F.が使えねェ分、向こうも勝機があると思ったんだろうな」

ドールはさらに進軍するためには大事な拠点である。故にいつものようにG.F.を使い相手を力でねじ伏せることができなかったのだ。G.F.を使えば一ヶ月もかからなかっただろうが、かといってG.F.を使い街を破壊してしまえばそれこそ本末転倒だ。街を復興させ交通を通常通りに運行させるには、かなりの年月が必要となってしまうからである。一刻も早く進軍したい身としては、そんな悠長なことはやっていられない。

「……でも、本当に私達が正しいのかな?」
「あぁ?」

突然何を言い出すのかとサイファーは隣を歩いていたリノアの顔を覗き込んだ。リノアは苦しそうに顔を歪ませ、やがて意を決したように今までずっと考えていたことをサイファーへとぶつける。

「だってそうでしょ? ドールの人達は自分達の国を護るために剣を握って戦った、それだけだよ。ドールの人達は何もしてないんだよ? ただ一方的に私達が攻め入って、いきなり領土を渡せなんてやっぱりおかしいよ! ドールだけじゃない、ティンバーだって……! 本当にこの戦争は正しいの!?」

ティンバーはドールよりも以前にガルバディア領になった小さな国だ。ティンバーではG.F.を使ったため短期決戦に持ち込めた。だがその一方的な要求に国民達は、未だ怒りを露わにしている。噂ではティンバーに暮らす住民のほとんどがレジスタンス組織に加担していると言われているほどだ。ただ一方的に武器を手に攻め入り、こちらの要求を満たすためだけに戦う。歯向かう者には情けなどなく、抵抗すればD地区収容所へと送られ、死と等しい状況に置かれてしまう。今までどれだけの人間がD地区収容所へと送られるのを見てきただろうか。誰もが収容される最後まで必死に領土返還を訴え続け、デリングを批判し続けた。

「……この戦争が正しいとはどうしても思えない。暖かい土地と豊かな資源が手に入ることは私も嬉しいことだと思う。でもそのために奪っていいとは……」
「―――それ以上は言わないほうがいいぜ。反逆罪でD地区収容所へ送られたくないだろ?」

リノアは口を噤むしかなかった。悔しそうに唇を噛み締め自分の足元をじっと見る。頭ではおかしいと思いながらも、D地区収容所には行きたくないため口を噤むしかない。結局のところ我が身が可愛いのだ。今の自分の立場が大事故に、事を見て見ぬふりをする。情けなさ過ぎて言葉が詰まった。今の自分にできることは、唇を噛み締め拳を握り締めるくらいなのだ。いっそのこと機械のように全てを仕方がないのだと割り切ることができたら、一体どれほど楽になれるのだろうか。騎士にもなれず機械にもなれず―――では自分は一体何のために戦っている?

「そういえばデリングが何故征東を急ぐのか分かったぜ」
「え?」

サイファーはリノアのほうを見ず、まっすぐに前を見ながら何気なく呟いた。思いもよらぬ話の展開にリノアも顔を上げる。

「ここ最近ガーデンの動きが活発化してるんだとよ。だからデリングシティに攻め込まれる前に世界を統一をしちまおうっていう魂胆だ」

ガーデンの存在はリノアも噂程度に耳にしていた。ガーデンとはある日突如として現れた、ガルバディア領土と化した土地を次々と解放していく義勇軍である。ただそれだけしか情報はなく、彼らがどこからやってくるのか、何を目的として行動しているのか分からない。

が、ガルバディアにとって絶対的な敵として脅威を振るっていることだけは確かだった。ガーデンと対峙し生き残った僅かな騎士達の話によると、ガルバディア騎士に匹敵する力を有しているらしい。リノアのような、主な任務が後方支援というところにやってくるのは所詮噂話程度のもの。本当のところは誰にもわからない。後方の憂いを絶つためにも、一刻も早く世界を平定する必要があることだけは事実。世界を平定してしまえば、いくらガーデンでも沈静化するとデリングは読んでいたのである。

リノアには一つだけ他人はおろか自分自身にさえ隠している気持ちがあった。もしかしたら……自分達は悪で、ガーデンが正義ではないのかと。普段は考えないようにしているが、何気ないときにふと思い出してしまうこの気持ち。考えないようにしていないと戦ってなどいられるものか。

だが昔誰かが言っていた。正義とは自分がいる場所で変わると。たしかにこの国の人達から見れば、国のために戦う自分達は正義なのだろう。だがこの国以外の人達からすれば、住む場所を奪おうとする自分達は悪なのだろう。

そのときこの言葉を言った人物のことを思い出し、リノアは首を横に振って必死に脳裏に過った顔を振り払う。あの人のことを考えるのはもうやめよう。あの人はもういないのだから。あの日、あの人は全てを捨てたのだから。―――国も、身分も、そして私自身も。

しかし―――自分がどこにいるかで変わる正義など、なんと陳腐で脆いことなのか。だがその答えは皮肉にも人間には分からない。何が正しくて何が悪いことなのか、所詮それを天秤に掛けることを人間は許されていないのだから。

第3話に続く 
20130331