LOS本編 | ナノ

これこそが彼が次に護りたいと願ったものだから

果たして彼女は人間と呼ぶに値する者なのだろうか。背中から生える漆黒の羽。普通の人間なら羽を生やすことなどできぬというのに、目の前の女の背中には、堕天の証たる漆黒の翼が生えていた。

「―――アルティミシア?」

リノアは隣でライオンハートを構えるスコールに問う。彼はリノアの顔を見ずに、アルティミシアを睨み続けたまま口を開いた。

「アルティミシア。全ての始まりを生み出した魔女だ」
「……久しぶりですね、坊や。一年ぶりくらいですか?」

魔女が口を開く。ただそれだけだというのに、その声はあまりにも憎悪に満ちていて恐ろしかった。まるで口から見えない黒い霧でも吐き出されたような気さえする。おまけにこの魔女はスコールのことを知っているような口ぶりである。デリングが玉座のために魔女と手を結んだとスコールは言っていた。一年前といえば丁度国王が暗殺された頃だ。あの頃から既に歯車は狂い始めていたのだろう。

「観念するんだな。この戦争を引き起こしたのもお前だということも、前国王を殺したのもお前だということも、何もかも知っている」
「なっ……!?」

リノアは咄嗟に言葉が出てこなかった。スコールに話を聞いたときからまさかという疑念はあった。だが考えないようにしていたことでもある。いま自分が忠誠を誓っている対象を疑うということは、今まで自分が信じてきたものが足元から崩れさるような気がしてならなかったからだ。

「一年前、アルティミシアは前国王を殺害した。これはデリングがアルティミシアに頼んだことだ。自分が次期国王の座に就くためにな」
「……皇帝が魔女に国王殺害を依頼して、魔女の力を使って国王を殺してしまったの?」

そうだとすると、どうりで今まで犯人が捕まえられなかったはずである。魔女の力は未知数なのだ。何ができて、何ができないのかが分からない。空間や時空を飛び越えることも、歪ますことだってできるかもしれない。そんな力なら、誰にも見つからず国王を暗殺することぐらいわけない。そもそも国王暗殺を目論んだのが皇帝だからこそ、捜査もあんなにもあっさりと打ち切られてしまったのだ。スコールが外からガルバディアを止めようとした理由がここにきてようやくわかった。内から止めるには遅すぎたのである。

「だが問題はこのあとだ。デリングが即位したとき、既にデリングは自我を失っていた。全ての思考は、アルティミシアに乗っ取られていたからな」

国王が暗殺されてすぐの頃、デリングは正気を失った。思考を魔女に奪われ、今の今まで魔女の操り人形として動いていただけの道化にすぎなかったのだ。後任を決める話し合いの場では貴族達を洗脳し、有無を言わすことなくデリングは皇帝の椅子に就いた。この侵略戦争を決定したのだって、デリングという皮を被ったアルティミシアである。

―――この国は魔女に支配されている。その言葉に隠された真の意味をようやく理解した。

「つまり魔女さえ倒せば、それで全ては終わるのよね」

リノアもスコールと同じようにヴァルキリーを構え、剣先をアルティミシアへと向ける。アルティミシアは音もなく床に着地すると、背中に生やした漆黒の羽を力強く広げた。それを合図にするかのように、スコールとリノアは目の前の異形なる者に向かって駆け出した―――。

***

まさにラグナロクと呼ぶに相応しい戦いだった。ガンブレードと魔法が火花を散らしてぶつかり合う。次第に両者が纏っていた物はボロボロになり、スコールとリノアの鎧は至る箇所が罅割れ、崩れかけていた。それでも二人は剣を向けることを止めなかった。どんなに傷つき挫けそうになっても、倒れそうになってもガンブレードを振るい続ける。

でも何故だろうか。絶対的な力の差を感じても、負ける気だけはしなかった。それどころか体中がまだ戦える、立っていられると訴えてくる。それはきっと―――スコールはリノアを、リノアはスコールの顔を見る。きっと―――互いの存在を感じているから。近くにいると、力が溢れてくるから。だから、まだ戦えるのだ。

***

「………ハァ、ハァ。か、勝ったの?」

リノアは乱れる息を整えながらも、信じられないと顔を強張らせる。彼女はボロボロだった。純白の鎧は黒くくすんでおり、かつての輝きを失っている。ガンブレードを握っていることすら限界なほど体力を消耗しているのに、彼女は精神だけで立ち続けた。

「……終わりだ、アルティミシア」

スコールは最後の力でライオンハートを振りかざす。アルティミシアは膝をつき、俯いたまま動こうともしない。

「ふふ、何も知らぬ愚かな坊や。私が、魔女が殺せると本当に思っているのですか?」
「なんだと?」
「魔女は魔女の力がある限り、決して死ぬことを許される身。私がこの力を有している限り、私は決して死ぬことはないのです。坊やが私を何度も殺そうとも、私は何度でも蘇るでしょう」

アルティミシアの中に宿る魔女としての力がある限り、彼女はどんなに死にたくても死ぬことができない。いくら殺しても死なない身体。スコールは悔しそうに唇を噛み締めた。ようやくここまで魔女を追い詰めることができたというのに、ここにきてアルティミシアは絶望的な事実を告げたのである。いくらスコールとはいえども、魔女の力をどうにかすることは不可能だった。

「でも歴代の魔女はみんな死んだはず! アルティミシアの言うことが本当なら、どうして他の魔女は死んでしまったの?」
「魔女は魔女の力を持ったまま死ねないだけ……魔女の力を別の誰かに継承すれば、魔女は魔女ではなくなってしまう」
「つまり、魔女の力を別の誰かに渡せば……アルティミシア、あなたは蘇ることができないのよね?」

リノアは少しだけ何かを考える仕草を見せ、スコールの顔をじっと見つめた。リノアがまだ小さい頃、優しかった母親に読んでもらった絵本の中で、一番大好きだったお話がある。その本のタイトルは魔女の騎士。昔国を追われた魔女が、彼女の騎士とともにその国を助けたという話だ。今ならその本のタイトルの意味が、魔女の騎士の真の意味がわかる。大丈夫、私の傍にはスコールがいてくれる。だから何も怖いことなんてない。

「スコール、大丈夫! 魔女を倒して!」
「リノア!?」

リノアのその言葉で、スコールは彼女の考えていることがわかってしまった。リノアの言わんとしていることは間違ってはいない。むしろこの場では最善策だといえる。ガーデンの指揮官としてリノアの言葉通り、ガンブレードを振り下ろせと命じている。だがスコール個人としては、それだけはしたくないとガンブレードを振り下ろすことができない。リノアは自分がアルティミシアの魔女の力を継承すると言っているのだ。それはリノアが新しい魔女になるということだった。

「大丈夫。私にはスコールが、魔女の騎士がいるもの。アルティミシアのようにはならないよ」

大人になった今なら、魔女の騎士とはどういうものなのか理解できる。魔女の騎士が本当に護るものは魔女の心。アルティミシアのような黒い魔女にならないよう、その心を護り、安らぎと温もりを与えてくれる存在。リノアにとってそれはスコールであり、彼がいる限り心が闇に支配されることはないと断言できる。

私を信じて。そう目で訴えかけてくるリノアを、いまは信じるしかない。スコールは苦痛に顔を歪めるるが、それも僅かな間だった。スコールはスッと目を細めると、躊躇うことなくガンブレードをアルティミシアに振り下ろした。

***

それからというもの、ガルバディアと周辺諸国との小競り合い程度の争いは起きたものの、ガーデンとエスタ共和国の介入もあり、事態は次第に沈静化の一途を辿っていった。

結果的にみるとどこの国が勝利したというわけでなく、元の鞘に収まっただけだった。つまりは、誰も得をしなかった無意味な戦争。人が死に、家を奪われ、家族を奪われただけの戦争。勿論世界中の国はガルバディアに非難の目を向けた。統治者を喪ったガルバディアに抵抗するための手札もなく、その後すぐにガルバディアは全騎士に撤退命令を下した。戦争に終わりの兆しが見え始めると、ガーデンも解散し各自祖国へと帰っていった。

―――こうして長かった地獄のような戦争が終わりを告げた。

それからというもの、スコールとリノアは再びガルバディアの地を踏んだ。全てが元通りに収まったかのように見えても、実はスコールの周りではたった一つだけ変わったものがあった。それは隣に寄り添うようにして並ぶリノアの存在だった。戦いに終わりを告げたあの日、彼女は人外の力を手に入れてしまった。

―――魔女の力。だが彼女はいつもと同じ、咲き誇る可憐な花のような笑顔を浮かべ続けている。かつてリノアに説いたことがあった。騎士とは何かを護るために存在すると。なら、ずっと彼女の傍にいて、この笑顔を護り続けよう。彼女の笑顔。これこそが彼が次に護りたいと願ったものだから―――。

- 愛の章 - 完 
20130331