LOS本編 | ナノ

いい加減に姿を現したらどうだ、アルティミシア

リノアも加わり、ガーデンはついに最終決戦へと踏み切った。ガルバディアに占領された領土を解放しながら、着実にデリングシティへと向かって進軍していく。その間ガルバディアもそうはさせまいと全戦力を投じて応戦するが、ガーデンは侵略された領土の民を味方につけることで、次第にガルバディアを追い詰めていった。ガルバディアの支配から解放された民は、自然とガーデンの味方となり一緒に進軍していく。こうしてガーデンはデリングシティに向かいながら、その戦力を拡大させていったのだ。

だがガルバディアが劣勢となったのには、もう一つ理由がある。ガルバディアの敵はガーデンだけでなく、内部にも存在していたからだ。以前からこの戦争に反対していた騎士達が、あのあと無事逃げおおせたサイファーを筆頭に燻っていた火種を露にしたのである。それがあまりの人数で、ガルバディアは指揮系統が混乱し、内部分裂を引き起こしたのだ。お陰でガルバディアの帝都であるデリングシティでは騎士と民による内乱が勃発し、その暴動を抑えるために騎士を割いたことが致命傷に至った。その隙を突くかのようにガーデンは一気に侵攻し、短期間でデリングシティへと辿り着くことができた。ガーデンがデリングシティに乗り込んだことで、反デリング派の騎士や民も奮起し、ついに彼らは王城へと辿り着くこととなる。

***

「―――妙だな。静か過ぎる」
「近衛兵達の姿も見当たらないね」

デリングシティに悠然と存在する王城の内部では、スコールとリノアがまっすぐに謁見の間へと向かっていた。残りのメンバーは外でガルバディア騎士達と戦闘の真っ最中である。だが王城を護るはずの騎士達の姿はなく、それどころか人の気配すら感じない。不思議に思いつつも警戒心を高めながら、二人は駆け足で謁見の間へと向かう。

だが騎士の姿だけでなく、王城に仕える使用人の姿もないことは普通ではない。いつもは明るい日差しが差し込むこの王城だが、何故か王城に溢れる空気が息苦しく感じられる。例えて言うのならねっとりとまとわり付くような、不快感を抱くような空気。先ほどから胃の辺りが気持ち悪い。それはきっとこの空気のせいだろうとリノアは思っていた。

それにこの鼻につく臭い。この臭いを嗅ぐと更に胃の辺りがおかしくなり、生理的にすっぱいものが食道を伝って込み上げてくる。リノアは口元を押さえ必死で込み上げてくるそれを我慢した。

「―――大丈夫か、リノア?」

ふとスコールが気遣うような声色で心配そうに目尻を下げてリノアを覗き込んでいた。リノアは心配ないというふうに「大丈夫」と、できるだけ普段の明るい声で答えたが、実際は大丈夫ではなかった。それはスコールも同じようで、先を見つめる彼の視線はいつも以上に険しいものだった。彼もこの臭いに少なからず嫌悪感を抱いている。そして彼はこの臭いの正体に気づいているようだった。

「この臭い……なんなのかな」
「あまりいいものではないがな」

スコールは簡潔に答えると、ある扉を指差した。どうやら臭いはこの奥から発生しているようである。その証拠に臭いがどんどん濃くなっていく。この扉の向こうはたしか謁見室へと繋がる大ホールだったはず。リノアは躊躇いがちに扉へと手を伸ばした。

「―――!?」

開けた場所から飛び込んできた光景は、あまりにも惨過ぎるものだった。そこに広がっていたものは、純銀に輝く床ではなく深紅に染まった床と無数に折り重なるようにして倒れる人々の姿だった。ただそれらは人としての面影が微かにしか残されてはいない。四肢は砕け、人としてはありえない角度に骨が曲がっている者もいれば、引き裂かれた腹部から腸がはみ出している者もいた。もっと酷い者など脳漿を床と一体化させていて、もはや人ということ自体疑えるほど生前の面影などなかった。

密閉空間と化していたためか、異常なほどに濃厚な鉄の―――血の臭いがリノアの鼻を襲う。リノアは堪えきれず口と鼻を手で覆うと、彼女は扉から離れた。血の海で倒れる人々は、服装から全員この王城に仕える騎士や使用人達だということが辛うじてわかる。ここで一体何があったというのだろうか? そもそも誰がこんなことを―――。

「進めるか、リノア?」

スコールの言いたいことは分かっていた。この大ホールを通らない限り謁見の間へは辿り着けない。即ちこの血の海を渡らないことには謁見の間へは辿り着けないということで。先ほどのスコールの言葉が、ここで待っていてもいいと言っているふうに聞き取れる。彼は一人でもこの屍で埋もれた道を進むのだろう。

「……大丈夫、進める」

リノアは表情を引き締めると、ゆっくりと一歩踏み出した。なるべく見ないように意識していても、この臭いだけはどうあっても我慢ならなかった。目を閉じて進みたいが、生憎と目を閉じて進めるほど床には足場がない。床を埋め尽くすかつて人だったものを避けて進むには、下を向いて足場を探すしかなかったのだ。そうすると嫌でも目と目が合ってしまう。その表情はどれも鬼のような形相で、とてもではないが見ていられない。

スコールに目をやると、いつもの無表情の中に憤りが含まれていることに気付いた。彼もまたこの光景に耐えられないのだろう。国を捨ててまでしてこの国を救おうとしているくらいなのだ。誰よりもこの国を愛しているであろう彼が、この光景に怒りを感じて当然だった。

やっとのことで大ホールを抜けると、目の前にはやたらと豪華な装飾が施された大きな扉が飛び込んできた。至るところに細かい細工が施されており、ここまで派手にする必要はないのではないかと思えるほどの豪華さである。スコールはゆっくりと重々しい扉を押した。ギギィと軋む音が廊下中に響き渡る。

「……そんな!?」

扉を開けると真正面に王のみが座ることを許される椅子があった。そこは床が少し高めで、この椅子に座る者はいつも相手を見下ろしていることになる。背後には壁に沿って滝のように流れ落ちる噴水があり、その上にはガルバディアの国旗が垂れるようにして掲げられていた。だがその国旗の前には人の姿があった。喉元には巨大な氷柱が抉るように突き刺さっている、既にこと切れていた中年の男性。

「……デリング」

この国の長である皇帝だ。いや、皇帝だった、というほうが相応しいか。

「誰がこんなことを……?」

リノアには目の前の光景が信じられなかった。デリング亡き今、戦うことに果たして意味を見出せるかどうか。

「―――いい加減に姿を現したらどうだ、アルティミシア」

スコールは射抜くような鋭い視線をデリングに向けている。リノアにはわけがわからず、ただじっとスコールの横顔を見ることしかできない。だが、異変はすぐさま起きた。デリングが吊るされている目の前の空間がぐにゃりと歪んだのだ。すると何もないはずのその空間に歪みが生まれ、中から一人の女性が姿を現した。それは―――漆黒の翼をその背に宿した異形なる者だった。

第12話へ続く 
20130331