LOS本編 | ナノ

だって好きな子が倒れたりしたら、心配しちゃうよ?

一歩部屋を出ると、なんともいえない眩しい光が全身に降り注いだ。どうやら建物自体が開放的で明るい作りになっているようである。ここがバラムガーデン。ガルバディアの敵である騎士達の、そして今はスコールが指揮官となり活動する拠点。だが、ここはあまりにも―――。

「あ、もう大丈夫なん?」

廊下を歩いていたら、前から歩いてきていた一人の少女に声を掛けられた。くるんと可愛らしく跳ねた髪が印象的な、元気そうな女の子である。その横では彼女よりも遥かに高い長身の青年が、彼女と同じ笑みを浮かべて並んでいた。

「さすがセフィのフルケアだね〜。どんな傷でもあっという間に治しちゃうんだから」
「あったりまえやろ〜。うち以上に使えこなせる人なんてそうそうおらんよ」

完全治癒魔法フルケア。通常の場合いくら特訓してもケアルガで精一杯だというのに、目の前にいるこの少女はそれが使えるらしい。 たしかフルケアのお陰で傷は痕もなく治ったと聞いている。となると、この少女がリノアの傷を治したということになる。名前はたしか……。

「あ、うちはセルフィ。で、こっちはアーヴァイン。二人ともガーデンの兵士なんよ」

セルフィと名乗った少女は思い出したように自己紹介を始める。リノアも名前を名乗り、傷を治してくれたことに対し礼を述べた。するとセルフィは軽く手を振り、「こっちもおもろいもん見れたから気にしんといてな」と言って笑い声をあげる。それは横にいたアーヴァインも同様だった。わけのわからないリノアには首を傾げることしかできない。初対面のリノアは二人の言う面白いものを見せた覚えがないからだ。セルフィはけらけら笑いながらその理由を説明し始めた。

「だってはんちょのあんな顔初めて見れたもん。今まで一度たりともあんな顔したことないねんで?」
「はんちょ……って一体誰のこと?」

医療室で言われたあの子といいはんちょといい、誰のことを言っているのかわからなさすぎる。その答えをくれたのは横にいたアーヴァインだった。

「リノアにはスコールって言ったほうが通じるんじゃないかい、セフィ?」
「スコール?」

スコールのあんな顔とは一体どんな表情なのだろうか。とても珍しいとのことだが、何が珍しいのかリノアには見当もつかない。

「だっていっつも仏頂面のはんちょが、あんなに青ざめて不安そうにしてるんやで? 未だに信じられへんもん」

それはリノアも同じだった。セルフィが語る内容は実に信じがたいものである。リノアの知っているスコールという人は、どんなこともがあっても決して動揺しない。いつも厳格な態度を崩さない、そんな人だったはずだ。そんな彼が不安そうにするなんて、よほどのことでもあったのだろうか。

「よっぽどリノアの容態が心配だったんだね〜。僕はスコールの気持ち、分かるなぁ」
「……私?」
「だって好きな子が倒れたりしたら、心配しちゃうよ?」

好きな子―――他人の口からそう言われただけでも心臓が高鳴る。

「好きな子って……私は」

半年前、スコールに別れを告げられたのだ。好きだったと、過去形にするのが普通ではないだろうか。これではまるで今でも好きだと誤解されてしまう。

「動けるのならスコールを安心させてあげなよ。さっき広場にいるのを見たからさ。あ、広場はこの先だよ」

アーヴァインが指で示した場所に向かうため、リノアは軽く会釈してから足早に広場に向かって歩き出した。

***

あのとき、全てがもうどうでもよくなった。目の前で大事なものが壊され、体中から力という力が抜け落ちていった。周囲を取り囲む近衛兵達が剣を振り上げても、行動を起こす気にはなれなかった。このまま斬られてもいいとさえ思った。だが、あいつはそれを許してくれなかった。

―――サイファー。

近衛兵達が衝撃波で吹き飛ばされたことで視界が開け、辺りの景色が飛び込んできた。そこにはサイファーがおり、彼の手にはガンブレードが握られていた。先ほどの衝撃波は彼の仕業だろう。だが何故ここにいるのかがわからない。ただスコールとリノアを逃がし、サイファーはその場で剣を振るい続けた。その後は分からず、生きているとは思うが、どういう状況に置かれているのかが分からないでいた。どんな理由があるにしろ、サイファーは王の側近である近衛兵達に剣を向けたのだ。これだけでも国家反逆罪は成立し、D地区収容所に送られてしまう。

結果的にいえば、ガルバディアもガーデンも勝利したというわけでなく、両者痛みわけという形で奇襲は幕を閉じた。そのためデリングも生きているし、帝都も大した被害を被ってはいない。ただ一番の目的である魔女を倒せなかったのはかなりの痛手となった。デリングは確実にガーデンを次なる標的と定めたはずだ。そして今度は魔女の力を借り、徹底的にガーデンを潰しにかかる。そうなる前になんとしても手を打たなければ。となると、こちらもいよいよ進軍する必要があった。今までのように各地の争いを止めるために戦うのでなく、この戦争を根本から終わらすための―――最終決戦。

「……スコール」

耳を澄ましていないと聴こえないほど小さな声。だがたしかに彼の耳には届いていた。どんなに小さな声でも、この声だけは決して聴き逃すことはない。ゆっくりと背後を振り返ると、どこか落ち着かない様子のリノアがいた。躊躇いがちに閉ざされた口に、少し不安そうに歪められた眉。

「……もう動けるんだな」

平静を装ってはいるが、内心では心底安堵している自分がいる。もう一度この声を聴けて喜ぶ自分がいたことに気付き、スコールはリノアから視線を逸らす。

「……ここがガーデンなんだね。想像してたのとは全然違うよ」

ガルバディアのように厳格で重々しいイメージが全く感じられない。存在する者全てが太陽のように眩しい。皆、自分の意思で立ち、胸を張って歩いている。いまの自分達にはなかったものがここにはある。正直、羨ましいと思ってしまうほどだった。

「……私は、いままでずっと願っていたことがあるの」

リノアは静かにこう告げると、スコールが好きな微笑をうかべた。

「いつか……スコールが帰ってきて、もう一度昔のように過ごせる日が来るって。でも、現実はそうはいかなかった。スコールと戦うことになって、戦うしかなくて。本当はそんなこと望んでないのに。何度も何度も悩んだけど、そうするしかないって言い聞かせて……この戦争が間違っていると気付きながらも、気づかないフリをしていた。スコールみたいに国を捨てる勇気もなかった。でも、もう迷わない」

リノアの声には一切の迷いが感じられない。スコールはリノアが次に発する言葉を静かに待った。彼女が次に何を言い出すのか―――既にわかっていた。

「―――私もあなたと一緒に戦う。駄目だって言っても聞かない。私もガルバディアを捨てるわ。今まで持っていたもの、その全てを犠牲にしてでもあなたといたい。何かを護るのが騎士ならばガルバディアを止めるために、ガーデンの騎士として。護ることが騎士の役目なら、私は国を護るためにガルバディアと戦う!」

やっぱりこうなったかと、スコールは内心で呟いた。ガーデンに連れ帰ったときから、こうなるだろうと予想はしていた。彼女はこう見えて頑固だ。一度こうだと決めたら、こっちが折れるしか道は残されていない。

「……どうしたの、スコール?」

リノアは訝しげにスコールを見つめた。彼は―――笑っていた。

「―――ああ、よろしく頼むリノア」

その言葉は、まるで騎士として自分の横に立つことを許されたようで、リノア自身を認めてくれたようだった。それがあまりに嬉しくて、リノアは満面の笑みをうかべた。昔の癖でスコールに飛びつこうとしたが……少しだけ迷い、手を伸ばしかけるがひっこめた。いくら自分がスコールを未だ好きだといっても、果たして彼も同じ気持ちでいてくれているのかわからないからだ。そんなリノアを見てか、スコールは笑いながら彼女の腕をとり、自分のほうへと引き寄せる。

「ずっと迷ってたんだ。あのときリノアも一緒に連れて行くべきだったのかって。ガルバディアにいればリノアの身の安全は保障されているからな。だからこれでよかったんだって何度も何度も自分に言い聞かせてた。……結局それも無駄に終わったんだけどな」

リノアも若干身体を強張らせたが、ついには我慢できなくなって、泣きじゃくりながらスコールの胸に顔を埋めた。二人の恋はまだ終わっていなかった。いまだけは何もかも忘れて、ただただスコールの温もりに身を委ねた。

第11話へ続く 
20130331