小咄 | ナノ
俺の人生のパートナーになってくれ

「え、無理でしょ」

 カラ松からの求愛を、一松はにべもなく断った。
 もちろんショックを受けたカラ松だったが、カラ松はもう、一松と生きると人生を決めていた。身勝手な話である。なんといっても松野家の次男だった。

 二人は恋人同士である。何かの拍子に一松が吐露してしまった恋心に、お前をそんなに苦しめてしまった罪深い俺を許してくれ、責任は取る、とかなんとか言って、そうなった。正直なところ一松を恋愛的な意味で好きかと聞かれれば、そうではなかったが。
 自分のことが好きなカラ松だから、同じ顔をした兄弟というのは大した問題ではなかったし、シチュエーションに酔っていたというのもある。一松のこれまでの自分に対する理不尽な言動の数々も、愛ゆえとくれば可愛らしいものだ。
 そうして過ごすようになって、カラ松は改めて一松と向き合うようになった。
 恋人になったからか、一松のカラ松への態度が一変した。不器用かつぶっきらぼうながらも優しく接してくるようになったのだ。
 例えばカラ松の話に兄弟が総スルーする中でも、一松だけは「……それで?」と続きを促してくれた。屋根から落ちれば慌てて駆けつけて、危ないだろ気を付けろ馬鹿、とぎゃあぎゃあ文句を言いながらも怪我の手当てをしてくれた。ワンマンリサイタルにも、膝を抱えてご機嫌に聞き入ってくれた。
「今まで出来なかったけど、ずっとこうしたかった」
 ぼそぼそと低くくぐもった声でうっすら頬を紅潮させた一松が、嬉しそうに言う。そんなことをされてしまえば、カラ松こそが真っ赤になるのだった。
 今になって思うと、カラ松の発言に反応してくれたのはいつも一松ではなかったか。バズーカをぶっぱなされたり、胸ぐらを掴まれるという乱暴な形であったとはいえ。
 カラ松は自分が好きだ。そりゃあもう、大好きだ。誰かに愛されたい、必要とされたいのに、いまいち誰も願望を叶えてくれないので、それなら自分自身で欲求を満たしてやるしかなかったからだ。
 けれど一松は、欲しがりのカラ松すらもて余すほどの愛情を向けてくれた。
 セックスの時も、男役をやりたいときっぱり言うと、一松はすんなり女役を請け負ってくれた。
 不器用なキスの合間に、肩を掴むだけでいっぱいいっぱいなカラ松を、ぎこちない手だったけれど、ぎゅうぎゅうに抱き締めてくれた。
 一松があんまりにも愛してくれるものだから、カラ松はそんなに自分を愛さなくてもよくなった。
 そうして改めて一松を見る。
 まとまりはないけれど手触りのいい髪、気だるげな目、ぎざぎざの歯が生えた口、だらしない肉付きなのにしなやかに動く体、ぐにゃりと曲がった背中。カラ松とはあまりに違う一松の姿に気付く。当たり前だが、一松はどこまでも一松だった。同じ顔だけれど、全然違ったのだ。ふとした表情ににじむ一松らしさに、カラ松は釘付けになった。それから、今までずっと一緒に暮らしてきたのに見逃してきてしまったことを思うと、悔しくてたまらなかった。だからもっと知りたくなった。弟であり、恋人でもある一松のことを。

 一松は自分自身のことがあまり好きではない。
 一松はヘヴィメタを愛好していて、実はエレキギターを持っている。
 一松は猫や十四松の手当てをよくしているからか、応急処置がうまい。
 一松はかつて粋があると周囲に言わしめた審美眼を隠し持っている。

 それから、それから。

 知れば知るほど、心が震える。慣れてないことからくる緊張以外にはなにも感じていなかったキスやセックスが、難しくなってくる。一松の近くに行けば行くほど心臓がドクドクと痛くて、指先が震えて、全身がやたら熱くて、たまらない。こんな状態になっている自分を他でもない一松に晒したくなくて、キスもセックスもやめた。無理しなくていいから、と労ってくれた一松の諦めたような哀しげな顔に、自分のことでいっぱいいっぱいなカラ松は気付かなかった。
 答えへの道は一直線しかない。今やカラ松は、一松のことを愛していた。
 むしろ何故その魅力に気付かなかったのか、過去の己の鈍感さには呆れるくらいだった。しかし幸いなことに、どうやら一松の魅力に自分以外の誰も気付いていないようではないか。
 独り占め。
 それはたいそう甘美な響きをカラ松にもたらした。
 一生、独り占めしたいなあ。今までたくさんのものを見落としてきたぶん、これからの全部をあますことなく見ていたい。
 結婚したい。そう思った。
 籍は入れられない、というかもう入っているから、新たに結婚するというのは無理かもしれない。肝心なのはそこではなくて、とどのつまり、人生の伴侶に、パートナーになってほしい。
 そうと決まれば善は急げだ。
 カラ松は早速一松に告げた。俺の人生のパートナーになってくれ、と。
 結果はまあ、無惨なものになった。
 へこまなかったといえば嘘だが、くじけてなどいられない。誰にも渡したくない。あの、可愛くていじらしい人を。
 絶対に絶対に、イエスと言わせて見せる――

(僕なんか、無理だよ。僕なんかがカラ松のパートナーになれるわけない。ふさわしくない。馬鹿な奴。キスもセックスも出来なくなるくらい僕のこと、無理なくせに、なに言っちゃってるんだか。……責任なんて、もういいのに。本当、馬鹿な奴)

 こっそり悲嘆に暮れる一松の内心など、カラ松は知らない。
 しかしそれでも、カラ松に、一松を諦めるつもりなど毛頭ないのだ。
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