Short Dream/Hiyori | ナノ

限コロニヰ (88093)

ロミオとジュリエット大作戦

それはそれは、面白い程澄み渡った快晴の日だった。

愛しの夢子ちゃんのお陰で、今は何事も無く、充実した生活を送っているオレ、吸血鬼の北島。
公園で綺麗な女性を見ても、最近は吸血欲求が湧かない。
そんなことしなくても、家に帰ればオレだけの夢子ちゃんがいて、いつだってオレの欲求を満たしてくれる。
それでいいのか、なんて聞かれても、それこそ愚問だ。
夢子ちゃんこそ、オレのライフ!

…と、そんなこんなで今日はとある書店に来ている。
いつもの公園を抜けた先にある、こざっぱりとした小さな古い個人店。
何でも本日の某TV雑誌に、夢子ちゃんの特集が掲載されていると聞いたのだ。
見逃すという選択肢など、オレには無い。
一体何冊買ってこようか。観賞用、保管用、愛読用……。
考えても考えても、オレの愛は尽きなかった。


*


不意に、オレは顔を上げた。
そういえば、レジはどこだろう。
入り口の近くだったか?
夢子ちゃんに早く会いたいがあまりに、確認せず通り過ぎてしまったか。
一旦雑誌を元の位置に置き、辺りを見渡してみる。

入り口付近にある小さなレジカウンター。
薄っすらと埃の積もったその場所に、一人の店員が静かに本を読んでいた。
万引き防止のセキュリティもまともにないであろうこの店に、唯一の店員。
あんなふうに真剣に読んでいたんじゃ、幾ら本を盗まれても気付かなさそうだな……。

ん。
今まで本を読んでいた店員が急に顔を上げた。
物陰から凝視していたオレとその店員の目は、面白いほどバッチリと合った。
黒いフレームのメガネに、額で切りそろえた前髪がサラリと揺れた。
いかにも文系少女、という風貌。

「……う!」

体が勝手に反応して、オレは本棚の影に隠れる。
なんだろうか、この感じは。
何だか顔が熱くなるこの現象は、一体。
視線を落とすと、オレがさっき置いた雑誌の夢子ちゃんが微笑んでいる。

「……一緒だ…」

オレが夢子ちゃんと初めて知り合ったときと、同じ感覚だ。
これは、恋?恋なのか?
しかしこの症状…。それ以外に例える方法をオレは知らない。
夢子ちゃん一筋だったオレが、人間の少女に、恋?


「あなた…」
「ぎゃぁぁっ!!」

必死に状況を整理していたオレの横にぬっと現れた人影。
思わず、思い切り後ろに仰け反ってしりもちをついてしまった。
埃くさい叩きを突き出して、俺を見下ろすのはその店員。

「さっきから挙動不審。警察に突き出されたいの?」

猫のように少しキツい黒い目が、黒フレームの奥で光る。
瞬間、暫く俺の中で大人しくしていた吸血鬼の本能が騒いだ。
懐かしい、この感覚。

「お、お嬢さん…ビューティフルですね!!」
「きゃ!」

まさに形勢逆転。
倒れこんでいたオレは勢い良く飛び起き、彼女の襟元を掴んだ。
彼女はそのまま床に倒れ、オレは彼女の首筋にダイブ。
…のはずだった。

「こっ…の!痴漢ッ!!」
「バンパイアです!」

まるで女の拳じゃない…。
この右ストレート…。今まで喰らったどんな仕打ちよりも効いた。
ひりひりと赤く腫れて行く頬に手を当てる。
でも、不思議と恐怖は感じない。

やっぱりそうだ。オレは恋をしている!
彼女こそ運命の人!

人間とバンパイアという立場。
消費者と提供者という禁断の恋。
こんな二人はかの有名な戯曲の主人公のようではないか。
二人は愛に導かれ、最後は天国で幸せに…。なんて。
彼女のパンチをこれでもかと喰らって、結局死ぬのはオレ一人になるのかもしれないな。
まぁ、それでもいいだろう。
死んでもいい、君を好きになった!







(嗚呼、なぜ貴女はこんなにもビューティフルなんだ!)
(触んないでよこの変態!)
(バンパイアですって!!)





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