All I ask of you 5



ロイはエドの腕を掴もうとしたが、束縛は叶わなかった。待ってくれという言葉も届かない。駆けていくエドの背中を見つめるしかなかった。言うべきではなかったと後悔を覚えた。
苦しめるつもりも、悲しませるつもりもない。大切にしたいだけだ。自分にとってはただ一人の錬金術師。例え、その力を失っていようとも。

告げてはならなかったのに、エドの問いに心が揺れて、本当の事を明かしてしまった。
少しの時間、共にいられればと願い、リゼンブールを訪れただけだ。何故、言葉にしてしまったのか。
自分を思い出して欲しいと願っているのか。いや、違う。思い出そうが思い出すまいが、エドには変わりない。今度こそ好きだと告げたい。その一点に尽きる。
自分こそずっと想っていた。十四も下の子どもに恋情を抱いた、知られれば謗られる想いを胸に潜めていた。そこまで伝える事ができず、エドを傷つけてしまった。 
ロイはしばらくの間、立ち尽くしていた、そうしていつの間にか足が自然と、兄弟の母親が眠る墓へと向かった。

小高い丘にある幾つかの墓標がある。
もう六日も経つのか、丘の中腹でエドと出逢ってから。あれが一年ぶりの再会だった。今日はあの日よりも風が強い。髪を乱していく風は、変わらず甘い匂いがした。花と陽射しの匂いだ。
ロイは背後からの足音に気づいていた。自分を見て、追いかけてきたのだろうか。姿を見なくても、誰かはわかっている。
「大佐」
まさかそう呼ばれるとは思っていなかった。ロイは一瞬目を閉じる。それから彼の声に答える為に、ゆっくりと振り返り、「アルフォンス」と笑みを向けた。
「仕事は終わったのか」
「はい簡単な修理でしたから。昼前に帰って来られてよかったです」
ロイの笑みを見て、アルは胸が締め付けられた。

馬鹿な真似をしたとアルは思った。何故そんな真似をしようという気になったのか、わからなかった。ただ彼の後ろ姿を見ている内に懐かしさに駆られ、気づけばそう呼びかけていた。
「似てませんでしたか、声」
「いや、やはり兄弟だ。よく似ていた」
ロイの言葉が嘘だとアルにもわかっていた。声など似てはいない。それに似ていたとしても意味はない。
「すいません」と小声で謝る。ロイは聞こえない振りをしてくれた。
彼が『大佐』であったのは、自分達が旅を終えた頃までだった。
ブラッドレイの築き上げた軍部は崩壊する事なく残り、彼は組織の中で順当に出世を重ねていった。エドから錬成の力が失われた事に気づいてはいたが、面と向かって言う事はできなかった。

兄はリゼンブールに戻らず、国家錬金術師であり続けた。それがどれほどの罪であるかわかっていたのに……
真理の扉の前であった事は、この体を通して知っていた。兄は自分の体を取り戻す代償として、錬金術を失ったのだ。その兄に、力がないのだから故郷に帰ってきてくれと言う勇気はなかった。
知っていて止める事ができなかった。臆病者、卑怯者、自分を誹る言葉ならいくらでも思いつく。
「どうですか、リゼンブールは。前に来てくれたのって、初めて会った時じゃないですか」
ロイにとっての錬金術師はたった一人だ。その一人が、彼を昔のように呼ぶ事は永遠にない。
それをわかっていながら、ロイは何故リゼンブールに来たのだろう。

連絡をもらうとは思ってもみなかった。
電話でその声を聞き、名乗られても、すぐに彼だと信じる事ができなかった。連絡できるような立場ではないとロイは言ったが、それは違う。許されないのは自分達であり、彼ではない。
兄が錬金術を使えない事をロイが知っていたからといって、それを責めるべきではない。彼は何よりも兄を大切にして、守ろうとしてくれた。力がなくても、そばにいて欲しかったのだろう。
最初に嘘をついたのは、自分達の方だ。
逢いに行ってもいいかと請われれば、拒否する理由などなかった。それに彼が来てくれるなら、少しは罪を贖えるのではないかと思った。
しかし実際は何も出来ない。
「来るのは六年ぶりだ。時間というのは早いものだな」
「本当に早いですね。あれからまだ二、三年しか経っていないような気もするのに」
「私も年を取るはずだ。前に来た時はすぐにイーストシティに戻って、ゆっくり見る事もできなかったが、いい場所だ」
ロイと初めて逢った時、自分は鎧の中に魂を閉じ込められていた。床に描いた錬成陣を消そうにも、飛び散った血のせいでなかなか消えてくれなかった。
訪れたロイがあまりに怖ろしい顔をしていたので、これは人体錬成の罪を知った軍人が裁きに来たのだと思った。裁かれて、これ以上何を失うのだろう。牢屋にでも入れられるのか。死刑にでもなるのか。半ば自暴自棄に、そんな事を思った。

自分達は多くのものを失い、絶望の中にあった。年端のいかない子ども二人、奪われたものを取り戻す手段も力もなかった。それを与えてくれたのは彼だ。
アルは両手を握り締める。自分の体温を感じる事ができる。体温ばかりではない、リゼンブールに吹く風の心地よさ、匂いまでもを。
取り返す事ができたのは兄と、そしてロイのおかげだ。この二人の為に出来る事は何だ。
リゼンブールをいいと言ってくれるなら、少しでも気にいてくれるのなら。
……だったら。
「ずっとここにいればいいのに。ここで僕たちと一緒に暮らせば、明日も明後日も」
ずっと、ずうっと。
兄の代わりに、アルはそう告げた。穏やかな故郷で一緒に暮らせたら、どんなにいいだろう。
ロイは驚いたように目を見張った。ごめんなさいと、アルはまた謝る
「いや、謝らないでくれ。エドも同じ事を言ってくれた。だから驚いただけだ」
「兄さんも……。何だ。考える事は一緒ですね」
兄弟でロイを困らせている。どうしてこうも無理な事ばかり願うのか。
アルは苦笑を浮かべた。冗談でも言ってこの空気を変えようと思ったが、何も言葉が出てこなかった。唇が震えただけだった。

一年前の事件。国家錬金術師が総統府内で銃の使用。部下であるエドの失態の責任を取って、ロイは北で起こった内乱を収めにいく。ドラグマとの領土争い。その準備に一年を費やした。この週末が終われば、彼は戦争に行かなければいけない。
イシュヴァールの英雄と呼ばれた男なら、輝かしい戦功を上げるはず。皆そう期待している。しかしそれはロイの本意ではない。彼は戦争を止める為に、軍部に残ったのに。その彼が北に向かうのはエドの為だ。
せめて兄の代わりに、自分がついていけば少しは役に立てるのではないか。彼がそれを許す事はない。何より今のエドを一人にはできない。
自分達は何も返せない。いつまでも、借りを負ったままだ。


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