アポカリプス

姉は聡明な女性だった。

子供の時から頭の回転が早く、相手の考えをすぐに理解して望み通りの答えを与える事が得意だった。

性格も明るく社交的で、姉の周りにはいつも人が絶えない。

大人も子供も関係なく好かれ、男女問わず友人も多かった。

運動神経も良くて、中学高校では陸上部で活躍するエースだった。

大学ではテニスサークルに入って友人達と時折コートで打ち合っている姿を見かけた。

仲が良いかと聞かれれば悪くはないと答えるだろうが、別にいつも一緒にいた訳じゃない。

俺も姉もどちらかと言えば個人主義でマイペースな性格だから、周囲に合わせるよりも一人で行動した方が気が楽だった。

ただ姉と過ごす時間は嫌いではなかったし、俺の話について来られるのは柳か姉くらいのものだった。

得意の話術も姉には通用しないし、俺の考えはすぐに見抜かれて先を越されてしまう。

その度に自分がまだ未熟である事を痛感し、一般人と変わりないのだと安心できた。

昔から何をやってもそれなりの結果を出してしまうから、努力とか達成感とかそういうものとは無縁で。

そんなだから何に対しても中途半端で強く興味を惹かれる事はなかった。

天才と言えば聞こえはいいが、本人からしてみれば何事にもやりがいを感じないつまらない人生だ。

他人が一生懸命努力してようやく成せる事を、あっさりとやってしまうのだから喜びなど感じない。

他人を見下しても自分が変われる訳じゃない。

そんな空白の人生の中で、聡明な姉の弟として生まれた事が唯一の救いだった。

姉と話している時だけは、自分が他人と同じ人間だと思える。

大勢の中の一人になれる。

それだけで孤独感は癒えるし、それなりに頑張ろうとも思える。

テニス部に入ったのも姉の影響が大きかった。

バスケやサッカー、野球など色々なスポーツを試したけれど、テニスだけは何度やっても姉には勝てなかった。

その時生まれて初めて"悔しさ"を感じ、次は姉に勝てるようにと努力をするようになった。

そして中学に上がる少し前に俺は姉にテニスで勝利した。

正直、怖かった。

姉に勝ったその瞬間は達成感も得られるが、また無機質な日々に戻ってしまうのではないかと不安だった。

けれど姉は上には上がいると言った。

自分の目で肌で世界の広さを知れと言った。

姉が俺に嘘をついた事はないし、誰よりも聡明な姉が間違うはずもない。

だから俺はテニス部に入った。

そこで幸村達と出会って、テニスを面白いと思えるようになった。

生きているのだと実感できるようになった。

もうあの頃の自分とは違う。

生きたまま死んでいるような無機質な自分じゃない。

そう思っていた。

……"あの日"が来るまでは。

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