ディスペア

"恋愛"って何だろう。

好きって気持ちと何が違うんだろう。

お母さんを好きな気持ちは"愛"ではないの?

お兄ちゃんを愛する気持ちは"好き"とは違うの?

何が正しくて、何が間違ってるの?

そもそも人の心に間違いなんてあるのかな。

誰かを大切にしたいって思うのは当たり前の事で、その気持ちに名前をつけたからって何かが変わってしまう訳じゃない。

なのにどうして"愛情"と"恋愛"は違うの?

誰かに恋をするのは、その人の事が好きだから。

じゃあお母さんを大好きって気持ちは"恋愛"じゃないの?

友達だから?恋人だから?

好きって気持ちを言葉にして伝えたから?

……私にはわからない。

お兄ちゃんならきっとすぐに答えが出るのかな。

私は馬鹿だからわかんないよ。

私の気持ちは愛なのか恋なのか。

どうすればいいのか、わかんないよ……。

ねえお兄ちゃん、私はあの時なんて言えばよかったのかな。

私も好きだよって答えたけど、それは間違ってたのかな。

お兄ちゃんだったらなんて答えたのかな。

ねえお願い……教えて、お兄ちゃん。

暗闇にぼうっと浮かび上がる白い人影。

見覚えのない制服を着た男子生徒が廊下の隅でうずくまっている。

よく見ると白いワイシャツはべったりと血で汚れ、男子生徒は何かを振り切るように頭を抱えながら苦しそうな表情を浮かべていた。

「大丈夫ですか!?」

ユキは彼が怪我をしているのだと思い慌てて駆け寄るが、男子生徒は驚いたのか悲鳴を上げて腰を抜かしてしまった。

「あ……ごめんなさい。突然声掛けちゃって……あの、大丈夫ですか?」

申し訳なさそうにユキが声を掛けると、男子生徒は苦笑を浮かべて立ち上がった。

「あ、ああ。俺の方こそごめん。えっと、君達もこの学校に閉じ込められたのか?」

ユキが頷くと、男子生徒はようやく落ち着きを取り戻したのか咳払いをしてから自己紹介をした。

「俺は如月学園の持田哲志。君達は?」

「私達は立海大附属中の二年生で、私は跡部ユキといいます。こっちはクラスメートで同じテニス部の切原赤也です」

「……」

ユキが愛想よく自己紹介をするが、赤也はずっと無言のままだった。

そして後ろからユキの手を掴むと、哲志に聞こえないよう耳元で囁くように言った。

「おい、何のん気に挨拶してんだよ。とっとと行くぞ」

「え?でもせっかく会えたんだし一緒に行動した方が……」

「馬鹿!忘れたのかよ。またあの女みたいに襲われたらどうすんだ」

「それは怖いけど……でも優しそうな人だし」

「あれのどこが優しそうなんだよ!制服血塗れじゃんか!」

「だからって悪い人とは限らないでしょう?ちゃんと話をしてみなくちゃ」

「あの女だって最初はへらへらしてて急に態度変えただろ」

赤也は哲志を警戒して彼に友好的に接しようとするユキを説得するが、ユキは頑として聞き入れなかった。

普段は聞き上手で人を疑ったりしない素直な性格なのだが、こういう時は兄と同じく頑固で絶対に自分の意志を曲げないところがある。

あゆみに嫌がらせをされたあげく殺されかけた事さえも怨んでいない様子で、どう見ても怪しい哲志の事も受け入れようとしているようだ。

「とにかくちゃんと話してみようよ。もしかしたら何か事情があるのかもしれないし」

ユキはそう言うと哲志に向き直って会話を続けた。

「俺もクラスメートとここに迷い込んで、妹とはぐれて困ってるんだ」

「妹さんと?」

「由香って名前の中学生なんだけど……」

哲志に妹がいると知ってユキは思わず彼に同情してしまった。

ユキにも双子の兄がいるので家族と離れ離れになる寂しさをよく知っているのだろう。

「私にもお兄ちゃんがいるんです」

「え?」

「だからなんとなく気持ちわかるなって……すみません、勝手な事言って」

「いや、そんな事ないよ」

「じゃあ私達と一緒に捜しませんか?妹さんもお兄さんとはぐれてきっと心細いだろうし」

「うん……ありがとう」

嬉しそうに笑う哲志に微笑み返してユキは赤也を振り返った。

「ほら、やっぱり怖い人じゃなかったでしょう?とりあえず亮達と合流してもう一度南棟へ戻ってみようよ。もしかしたらブンちゃん達がいるかもしれないし」

「……」

赤也はまだ哲志の事を警戒している様子だったが、とにかくまずは宍戸達と合流する為生徒会室へと向かった。

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