Tearful Voice-涙声-

「ユキさん、走ってはいけないと言ったでしょう。無理をすると足の傷が開いてしまいますよ」

眼鏡を指で押し上げながら柳生が言うと、ユキは申し訳なさそうに肩をすくめてうなだれた。

「ごめん……お兄ちゃんが危ないと思ったらつい……」

「勝手な行動は慎んで下さいとも言ったはずですが?」

「うっ……ごめんなさい」

そう言って謝るユキの太ももにはきっちりと包帯が巻かれ、痛みを和らげる為なのか添え木もされ、どこで見つけて来たのか松葉杖までついていた。

顔色も別れる前より随分と良くなっている。

「ユキ、怪我は大丈夫なのか?」

「うん。病院で仁王と柳生君にちゃんと手当てしてもらったから」

「痛まないか?」

「病院に鎮痛剤も置いてあったから……。それよりはぐれちゃってごめんなさい。本当はすぐに会いに行きたかったんだけど……」

「お前が無事ならそれでいい。だがどうして俺がここにいるとわかった?」

跡部が尋ねると、柳生が一歩前に出て言った。

「それについては私から説明しましょう。まず先にあなたに一つだけ嘘をついた事をお詫びします」

「……無線機の距離制限の事か?」

「やはり予想がついていましたか。ええ、その通り。この無線機は長距離でも通話が可能なので島のどこにいても会話ができます」

跡部は警戒心を解く事なく先を促す。

すると仁王が懐から小さな端末を取り出して見せた。

「お前の居場所はこの端末でわかってた」

「何だ、それは」

「無線機にはGPSが組み込まれていて、これでその位置がわかる」

「……なるほどな」

納得したように跡部は頷いて深いため息をついた。

つまり無線機の位置を示す端末で跡部が南島へ移動している事がわかったので、病院から一番近い西の橋を渡ってここへ来たのだろう。

「ユキの目が覚めてすぐお前さんに連絡しようと思ったが、無線機から銃声が聞こえたんで止めたんじゃ」

「そちらの状況が掴めない内にユキさんにその事を伝えても余計な不安を煽るだけですからね」

「……」

事情は理解したものの納得はいかず、跡部は小さく舌打ちして銃のマガジンに弾を込めた。

「ユキ、まだ歩けるか?」

「うん、大丈夫」

「そうか……。とりあえず学校へ向かうぞ」

「学校?」

「手塚がそこにいる。奴なら他の連中みたいに見境なく襲って来る事はねえだろう」

忍足から渡された印のついた地図を見せると、仁王と柳生も納得したように頷いた。

それから4人は無人の遊園地を後にし、西の橋を渡ると学校へと向かった。

その途中病院の前を通り掛かった時、島中にあの忌々しい放送が流れた。

『20時の放送を開始する。死亡者は4名。#3ペア氷帝学園2番忍足侑士、六角中2番佐伯虎次郎。#9ペア不動峰中部長・橘桔平、2番伊武深司。禁止エリアC−6、D−2、G−5、F−6。以上』

「C−6も潰れたとなるともう北へは渡れないな」

「そうですね。時間的にあまり余裕もありませんし、手塚君達が学校にいるのならそこで今後の事を話し合った方がいいかもしれません」

「そう上手くいくとは思えんぜよ」

「希望を捨てたらそれまでです。冷静に話し合えば何か打開策が見つかるかもしれませんよ」

「私もそう思う。何ができるかわからないけど、ここで諦めたらきっと全部が無駄になっちゃう」

松葉杖をつきながらユキが微笑むと、仁王も口元に笑みを浮かべて地図をしまった。

しかし跡部だけは真剣な表情でずっと考え事をしていた。

先程の放送で名前を挙げられたのは忍足たちだけだった。

となると、やはり七原秋也の存在は異質でプログラムの参加者ではないという事だ。

だが七原は自分たちと同じ首輪をしていたし、プログラムについても何か知っている様子だった。

"奴ら"と言うからには、このプログラムには放送をしている人物だけでなく複数の人間が関与しているのだろう。

脳の研究、適合者、何らかの計画……。

考えがまとまらずに跡部はため息をついて額に手を当てた。

だいぶ疲労が溜まっているように思う。

休む間もなく戦闘を繰り返していたのだから無理もない。

学校へ行って手塚と合流したとして、それからどうする?

用意周到なこのプログラムに逃げ道などあるのだろうか。

首輪には発信機もついているし、不審な行動を取れば奴らはいつだって自分たちの命を奪える。

そんな状況で果たして全員が助かる術などあるのだろうか。

メビウスの輪のようにぐるぐると答えのない問いを繰り返しながら跡部は黙々と歩き続けた。

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