Wrath-憤怒-
無事に北東の村を抜けて林を出たところで跡部は足を止めて地図を確認した。
ここから先は見晴らしの良い棚田になっている。
周囲は林で囲まれているが、橋を渡るには棚田を抜けるしかない。
今のところ辺りに人の気配はないが、橋まではだいぶ距離がある。
いっそ走り抜けるか?
……いや、ダメだ。
神社からここまで休憩を挟む事なく移動し続けている。
これ以上はユキの体に負担が掛かり過ぎる。
「どうする……」
地図を睨みつけながら考えを巡らせるが、そう都合良くいいアイデアが浮かぶはずもなく、跡部は人知れずため息をついた。
「ユキ、まだ歩けるか?」
「うん、大丈夫だよ」
「ここを抜ければ本島に戻れる。あと少しの辛抱だ」
「わかった」
頷くユキの顔色は光の加減のせいか青白く見えた。
しかしそれでも前に突き進むしか選択肢はない。
「なるべく目立たないよう最小限の動きで橋へ向かう。お前らが先行して人影がないか確かめろ。合図をする時も声は出すな」
「了解。行くぞ、越前」
リョーマはバックパックを背負い直すとブン太の後に続いた。
ある程度の距離を保って跡部兄妹もその後に続く。
できるだけ目立たないように身を低くして進むが、それでも気休め程度にしかならない。
もし誰かと接触して戦闘になるとしても、遮蔽物がない以上、先に見つけた方が絶対有利となる。
何も見逃してはならない。
全神経を研ぎ澄ませて辺りに気を配る。
棚田を半分ほど進んでようやく前方に目的の橋が見えて来た頃、ブン太とリョーマが足を止めた。
ブン太が後ろを振り返り険しい表情で小さく手招きをする。
姿勢を低くしたまま二人に近づくと、リョーマがすっと前方を指差した。
「誰かはわかんないけど二人いる。橋の近くの林に入って行った」
「近いな……。相手の武器は?」
「そんなのわかるかよ。後ろ姿しか見てねえし、でも立海の制服じゃあなかった」
「幸村君達じゃないって事だよね……」
「ああ。どうする?」
「……」
跡部は少し考えた後、もう少しだけ近づいてみる事にした。
日吉たちのように突然襲って来る可能性もあるが、いずれにしろここで留まるのは危険極まりない。
橋さえ渡ってしまえば最悪全速力で走って相手を撒く事もできるだろう。
「油断するなよ。行くぞ」
そう言って跡部が歩き出そうとした瞬間、鋭い銃声と共に目の前の地面が焼け焦げた。
「!」
銃声の聞こえた方向には誰もいなかった。
だがその向こうには灯台がある。
つまりこれは"狙撃"だ。
「走れ!!」
迷っている暇はなかった。
跡部はユキの手を掴むと全速力で橋へと向かった。
二人の後にブン太とリョーマも続く。
銃声は数回聞こえた。
弾は当たらなかったが橋まではまだだいぶ距離がある。
ユキの体力は限界に来ているし、ブン太とリョーマは怪我人だ。
いつもより動きが鈍っているし、身を隠せるような場所もない。
思わず跡部が焦りを感じた時、突然目の前に何かが転がって来て視界が真っ白になった。
それが煙幕だと気づいた時には誰かに腕を掴まれていた。
すぐに振り払おうとするが、自分を呼ぶ声が聞こえて止めた。
そのまま腕を引かれながら橋を渡り、林の中に逃げ込んだところでようやく視界が晴れた。
「跡部もユキちゃんも危ないとこだったねー!ユキちゃん、大丈夫?」
「じ、ジローちゃん!それに不二君も!」
「やあ、久しぶり。越前も大丈夫かい?」
煙にむせていたリョーマは呼吸を整えてから静かに頷いた。
「とにかくここは危険だから離れようか。向こうに良い隠れ場所があるんだ」
そう言って不二周助は僅かに微笑んで歩き出した。
しばらくして辿り着いたのは最初にいた図書館の裏手にある林だった。
鬱蒼と茂った木々が光を遮り、闇が覆い尽くしている。
不二と芥川は慣れた様子で木々の間をすり抜け、腰ほどもある雑草をかき分けて足を止めた。
「越前!」
「おチビ!」
そこにいたのはリョーマと同じ青春学園の先輩、大石秀一郎と菊丸英二だった。
二人はリョーマを見て喜びの表情を浮かべている。
しかし大石の腹にはタオルが巻かれ、菊丸は額と左腕を負傷していた。
「大石先輩、その怪我は?」
「ああ、そうだな。ちゃんと話して置いた方がいいな」
「大石、出血は止まった?」
「ああ、あまり派手に動き回らなければ大丈夫だ」
「じゃあそこの図書館まで移動しよう。越前達も怪我をしているようだし、図書館なら広いからいざという時も動きやすいと思う」
「そうだな。英二もそれでいいか?」
「もちろん!」
「俺も賛成ー!」
不二の提案で一行は図書館へ移動し、芥川が見つけたという救急箱でブン太とリョーマの手当をした。
「何?不動峰の橘が?」
「ああ。元々は僕達と一緒に行動してたんだ。でも意見の相違から別れる事になって……橘と伊武の狙撃で大石と英二が怪我を」
「……」
リョーマたちの手当をしながら話を聞いていた跡部は地図を確認してから銃の手入れに戻った。
不動峰の橘の事は最初から危険人物の一人として考えていたので驚きはしなかったが、狙撃という攻撃手段は予想外だった。
拳銃やショットガンなどの銃が用意されている以上、狙撃銃があってもおかしくはないが……一般人には扱いが難し過ぎる。
銃には説明書も用意されているが、たったそれだけで動くものを狙い撃つのは不可能に近い。
天性のスナイパーか、もしくは死ぬ気で訓練をしたか。
いずれにしろ自分たちにとって脅威である事に変わりはない。
「それと跡部、さっき言っていた事は本当なのか?桃城と海堂が商店街にいると」
「予定通りならな。だが禁止エリアでだいぶ狭まった以上、安全を考えて別の場所に移動してるかもしれねえ」
「別の場所って?」
「南西の病院と学校が第二、第三の待ち合わせ場所だ」
「なるほど。ここからだとだいぶ距離があるな……」
「でもさ、桃と海堂がいるなら行くっきゃないでしょ」
「そうだな、英二」
一通りの手当てと休憩を終えて、跡部たちは島の中央にある商店街へと向かった。
1/4