四話目:悪魔の公衆電話

……何じゃ、次は俺の番か?

俺は仁王雅治。よろしく。

俺が話すのはある恋人達の話じゃ。

お前さん、恋人はいるのか?

……そうか。

まあ、いるにせよ、いないにせよ、この話をする間は俺がお前さんの恋人ぜよ。

それが話を聞く条件じゃ。

話す人間は恋人と一緒にいないとこの話の恋人達に呪われてしまうからな。

……。

あるクラスに矢口節子という女子生徒がいた。

彼女には伊達守という恋人がいて、二人はとても仲がよかった。

でもお互いの家が厳しくて、なかなか会えなかったらしい。

そういうとき、お前さんだったらどうする?

……。

二人ともロミオとジュリエットみたいな気分になったのかもしれんのぅ。

よりによって、夜中に抜け出して会おうとした。

でも、運悪く見つかってしまったらしい。

二人の家族の怒りようといったら物凄かった。

お互いに、相手に誑かされたみたいな事を言うものだから、どんどん険悪になってしまって……。

二人は本当のロミオとジュリエットのようになってしまったんじゃ。

でも、そんなことで愛が冷めたりはしなかった。

今度は、電話作戦で行く事にしたんじゃ。

今みたいにどこでも通話できる携帯電話なんか無かった時代。

親が出たら切られてしまうから、かなり気を使わないといけないが、お互いの家族の行動パターンを調べて、一番確実そうな時間を割り出したんじゃ。

毎晩九時。

それが二人の約束の時間だった。

毎日、日替わりでお互いに電話を掛け合ったんじゃ。

九時になると、こっそりと電話を自分の部屋に持ち込んで小さな声で話し合う。

時には、一晩中話す事もあったらしい。

長電話で親に怒られても、これだけはやめられなかった。

そしてそれは絶え間なく続いた。

学校が休みの日も、どちらかが家族で旅行に行っている時も。

一日も欠かさず、二人は愛を確かめ合った。

クラスでも、二人の仲の良さは有名だった。

ケンカするほど仲がいいとよく言うが、二人の場合は例外だったんじゃろう。

二人がケンカをしているところなんか、誰も見た事なかったぜよ。

……そんなある日のこと。

彼氏である伊達の方が、クラブ活動で遅くなってしまった。

これから家に帰って電話を掛けても間に合わない。

それで、学校から電話を掛けたんじゃ。

学校の裏門の脇に置いてある公衆電話。

お前さんも見た事あるじゃろう。

今はケータイもあるし街中の公衆電話も随分減ったが、いざという時に頼りになるのはやっぱり公衆電話ぜよ。

しかしあの電話、知っている人だったら絶対に使わないじゃろう。

……どうしてかって?

あの電話は悪魔の電話なんじゃ。

……おかしいか?

……まあ、構わんぜよ。

お前さんは俺の恋人なんだから。

それで伊達はその悪魔の電話を使ってしまったんじゃ。

何も知らなかったみたいでのぅ。

「……もしもし、俺」

「あ、伊達君。あれ? 今日は家からじゃないの」

「今日は学校が遅くなるって言ったじゃん。そしたら、こんな時間になっちゃってさ。今、学校から電話してんだ」

「そうなんだ。気をつけて帰ってね」

「ああ、ありがとう。ごめんな、今日はあんまり話せなくて」

「……ううん、いいの。また明日、学校でね」

「おう、じゃあな」

いつもより、ずっと簡単な電話だった。

また明日も学校で会えるんだし、明日の夜は今日の分も含めてたっぷりと電話しよう。

そう思えば、別に寂しくもないしつらくもない。

……その次の日だった。

いつもの夜九時。

電話のベルが鳴った。

矢口さんは変だなと思いながらも反射的に受話器を取った。

「……もしもし」

「あ、矢口さん。俺」

「あ、伊達君。どうしたの?」

「どうしたのって……いつもの時間だろ?」

「ううん、そういう事じゃなくて。昨日は伊達君だったでしょ? 今日は私が電話をする番だったから」

「なんだ、そんなことか。……だって俺、待ち切れなかったんだ。昨日の事があっただろ。少しでも早く、矢口さんの声が聞きたくって」

「……まあ、やだな、伊達君たら。あのさあ……」

二人は時が経つのも忘れて話した。

昨日の事なんてすっかり忘れてしまうくらい長々と。

いつになく満足のいく電話だった。

すっきりして矢口さんは眠りについた。

次の日の朝、矢口さんは学校で伊達の姿を見つけて手を振った。

「伊達くーーん!」

でも、伊達はつれない素振りだった。

いつもだったら手を振り返してニッコリと微笑んでくれるのに。

何かよそよそしい感じがした。

まるでいつもの伊達じゃないみたいな……。

矢口さんは自分が何か悪い事でもしたのかと心配になって駆け寄った。

「……どうしたの、伊達君。何か怒ってるの?」

伊達は目を伏せると無愛想に答えた。

「何で昨日電話くれなかったんだよ」

「え?」

矢口さんには伊達の言っている意味がわからなかった。

それはそうぜよ。

昨日あんなに長々と電話したんだからのぅ。

あれは確かに伊達だった。

毎日、電話してるんだから声を間違えるはずがない。

「俺、昨日の夜、何回も電話したんだぜ。それなのにずっと話し中だった。いったい誰と話してたんだよ」

伊達はふて腐れていた。

単に妬いているだけなんじゃが。

けれど、伊達の言葉は矢口さんを驚かせるのには十分だった。

「……嘘。私、昨日はずっと伊達君と話したじゃない。だって、伊達君から電話が掛かってきて……」

「そんな、すぐばれるような嘘をつくなよ! もう、いいよ!」

取りつく島もなく、伊達は怒って仲間の男子生徒達とどこかへ行ってしまった。

皆、驚いてた。

あの二人がケンカするなんて初めての事だったし、二人が別々に行動しているのも皆は初めて見た。

その日の夜、矢口さんは一人で部屋で泣いていた。

だんだんと、いつもの時間が近づいてくる。

伊達と甘い一時を過ごすいつもの時間が……。

彼女は悩んだ。

電話をするべきか、しないべきか。


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