第十章 転遷

理科室の惨劇の様子が撮影された動画を見終えた跡部は、誰の物かもわからない黒い携帯電話を床に叩きつけ足で踏み潰した。

携帯電話の持ち主が知ったら激怒するだろうが、おそらくその持ち主も理科室にあった死体の誰か……なのだろう。

動画では音声は録音されておらず、ユキを襲撃した黒服の男の顔も見えなかったが、その異常さは明らかだった。

「あんな奴がこの学校をうろついてやがるのか」

「地下にいた時、あいつはさやかさんの事も拷問して殺そうとしてたよ。止めようとしても、なんでか体をすり抜けちゃって俺は触れる事もできなかった。でも忍足君が何か投げつけた時は当たってたし、触れられる時もあればそうでない時もあって、やっぱりあいつは幽霊なんじゃないかな……」

幽霊の定義がどういうものなのかはわからないが、普通でない事は確かだ。

もしかしてこちらを攻撃する瞬間だけは実体化するのだろうか。

いずれにしろ、黒服の男は神出鬼没でどこにでも現れる。

この暗闇でいつ襲われるかわからないというのは、精神的にかなり追い詰められてしまう。

理科室を飛び出した後、ユキは一体どこへ行ったのだろうか。

「もう捜せる場所は全部捜したよね?」

「後は幸村達の向かった別棟だけだ」

「ならそっちに逃げたのかもしれない。時計が狂ってるからさっきの動画がいつ撮影されたものなのかはわからないし、廊下が崩れる前にユキちゃんが別棟へ逃げた可能性もある」

「急ぐぞ」

跡部と千石は近くの教室から机や椅子を運び出し、足場を作って崩れた廊下を渡り、幸村達が向かった別棟へと移動した。

別棟は空気が重く、入った瞬間に千石は顔をしかめて額に手を当てた。

「ここ……すごく嫌な感じ。なんて言うか深い穴の底にいるみたいな……」

「怖じ気付いたなら、向こうの校舎で待ってろ」

挑発するように言う跡部に、千石は冷や汗を拭って苦笑を返した。

「跡部君を一人にする訳には行かないよ。何するかわかんないし」

「アーン?」

「だって跡部君、ユキちゃんの事しか頭にないでしょ。無茶しそうで危なっかしくて放って置けないよ」

「てめぇは俺の保護者か」

「うーん、とりあえず相棒って事にしといて。それよりあっちに職員室があるみたいだよ」

千石が指差した方を見ると、取れかけた表札の掛かった職員室があった。

窓ガラスが割れて辺りには破片が散らばっているが、職員室の中は荒れた様子もなく、ただ埃が積もっているだけだった。

「ん?これ……」

辺りを見回していた千石は、机の上に置かれた新聞記事に気づいて手に取った。

その瞬間、目の前が点滅し激しい目眩に襲われ、気がつくと誰かの肩に担がれどこかへ運ばれようとしていた。

抵抗しようにも体に力が入らず、そのまま校長室と書かれた部屋の中に連れ込まれ、棚の後ろに隠されていた階段を通り地下へと運ばれて行く。

やがて辿り着いたのは、小さな電球が灯っているだけの薄暗い部屋の中だった。

そこには自分と同じように両手両足を縛られた子供が二人いた。

口にガムテープを貼られて声も出せないまま恐怖に怯えている少年と、気を失っているおかっぱ頭の少女。

その横に自分も寝かされて何もできないまま、ただ自分を連れて来た男が工具箱を開けて物色しているのを眺めているだけだった。

やがて凶器を手にした男がこちらを振り返り、あまりの恐怖に失禁する少年へと近づき、手にした軍用ナイフで少年の腹を切り裂き始めた。

「!!!」

口を塞がれているのでくぐもった声しか聞こえないが、少年の顔は痛みと恐怖に歪み、濃い血と小便の臭いが部屋の中に充満する。

少年がどれだけ苦痛に顔を歪めても、男は構わずナイフを突き刺し臓物を引きずり出す。

恐怖に耐え切れず顔を背けようとすると、突然誰かに顔を掴まれ強制的に少年の方へ視線を固定された。

「よそ見しちゃダメだよ。ちゃんと見てなきゃ。ヒヒ」

視界の隅に映ったのは長い髪を垂らした赤い服の少女だった。

拷問されている少年や気を失っている少女と同じくらいの歳の幼い少女だ。

だがその顔は醜悪な笑みに彩られ、狂気をはらんでいる。

「おい、でくのぼう」

「!」

少女が冷たい声を発すると、少年を拷問していた男がビクリと肩を震わせた。

一般人よりもずっと大きな体をしていて体格も良い成人男性だが、どうやらこの少女の言いなりになっているらしい。

「そいつを起こしてやりな」

少女が命じると、男は異常なまでに怯えて部屋の隅にうずくまり首を振った。

命令通りに動かない男に少女は苛立った様子で舌打ちをする。

「言う事を聞かないと、"お母さん"に会えないよ?それでもいいんだな?」

子供とは思えない冷たく重い声で少女が言うと、男は怯え切った様子でうめき声を漏らしながら壁に立てかけてあった斧を手に取った。

両目からボロボロと涙をこぼしながら、斧の柄で眠っている少女の頭を撲り付ける。

「がッ……!」

手加減はしていたのだろうが、あまりの痛みに少女は目を覚まし、斧を持っている男と拷問された少年を見て恐怖に怯え出した。

「ヒッ……や、何?」

目覚めたばかりで状況を理解できていないのだろう。

混乱している様子で、縛られたまま芋虫のように体をうねらせている。

するとその様子を見ていた赤い服の少女が、楽しそうに笑って混乱する少女の頭を掴んだ。

「アハハ、すごい、虫みたい。怖い?助けて欲しいの?」

少女の醜悪な笑みと狂気に包まれた目を見て、おかっぱ頭の少女は恐怖に震えた。

何が起きているのかもわからないまま、少女は振り下ろされた斧の餌食となり苦痛の声を上げた。

「あがッ!」

少年の時と同じようにすぐに殺すつもりはないのか、男は少女が死なないよう手加減しながら苦痛だけを与えていく。

「あぐぁッ!、う……ぐ、痛……痛い!痛いぃッ!!」

少女が泣き叫ぶ度に、男は震え怯えたような目をしてまた斧を振り下ろす。

どうやらこの男は赤い服の少女の命令に従っているだけで、主犯ではないようだ。

だがそんな事は激しい痛みと恐怖に襲われている少女にはわからない。

「ねぇ、これちょーだい?」

不意に赤い服の少女が苦痛に顔を歪める少女の舌を掴んだ。

「このまま引っ張ったらどうなるのかな?ゴムみたいに伸びる?それともちぎれちゃうかな?」

「!」

おかっぱ頭の少女は味わった事のない恐怖に怯えるが、両手両足を縛られている以上、抵抗する事も逃げる事もできない。

赤い服の少女は狂気に顔を歪めたまま、工具箱の中から見つけたペンチでおかっぱ頭の少女の舌を掴み、ゆっくりと引っ張った。

舌がうっ血して変色してもお構いなしに引っ張り、そしてあろう事かポケットから取り出したハサミで少女の舌を切り取った。

血塗れになった顔でおかっぱ頭の少女は喋る事もできず痛みにうめいている。

仰向けに寝ている状態では、血が喉に詰まって窒息死してしまうだろう。

だがそんな殺し方では満足できないのか、赤い服の少女は切り取った舌を本人の口の中へ押し込んで男に命じた。

怯えた男が斧を振り上げ、おかっぱ頭の少女の頭が完全に破壊されるまで何度も振り下ろした。

その頃にはもう最初に拷問された少年も息絶え、部屋の中は異常なまでに静まり返っていた。

「次はお前の番だよ」

赤い服の少女が歪んだ笑みを浮かべて死刑宣告をする。


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