Chapter1

静かな雨の音。

カタカタと揺れるひび割れた窓ガラス。

力を入れれば踏み抜いてしまいそうな腐った床。

剥がれ落ちた壁、倒れた机、そこら中に転がっている腐乱死体。

ただそこにいるだけで気が狂いそうな……まさに"地獄"と呼ぶにふさわしい場所。

天神小学校。

崩れ落ちた穴の前で、跡部景吾は何度目かもわからない深いため息をついた。

「ここもダメか……チッ、この学校は一体どうなってるんだ」

苦い顔で舌打ちする跡部の隣で宍戸がため息をつきながら壁に背を預けた。

「少し休もうぜ。これ以上歩き回っても無駄に体力を消耗するだけだ」

「……」

宍戸の意見に跡部も同意し、二人は近くにある教室の中へ入った。

埃を手で払ってから椅子に腰掛け、今の状況を整理しようとするが非常識な事ばかりで頭が上手く働かない。

廊下で目覚めてから出口を探して校舎内を探索して来たが、目につくのは無惨に殺された遺体ばかりで外に通じる出口はない。

昇降口も窓もどんなに力を込めてもビクともしなかった。

脆そうに見える校舎なのに、どうやっても外に出られない。

残る手段は……。

「……これを使うか」

跡部はポケットの中からライターを取り出して呟いた。

この校舎が木造である限り、火をつければ燃えるはずだ。

そうすればいかに頑丈な校舎であっても燃え尽きて炭になってしまえば外に出られる。

だが問題はそれまで自分達が無事でいられるか、という事だ。

「跡部、どうした?何か気づいたのか?」

「この校舎に"燃えない場所"はあるか?」

「燃えない場所?」

宍戸はしばらく考えて、それからふとある場所を思い出して口を開いた。

「あそこなら燃えねえんじゃねえか?」

「どこだ?」

「プールだよ。ほら、一階の端に更衣室があっただろ?あの奥にプールがあったじゃねえか」

そう言われて跡部もプールの事を思い出した。

確かに宍戸が言う通り、一階の端に屋外プールがあった。

背の高い柵で囲まれていて外へは出られなかったが、プールには水も溜まっていたし湿気の多いあの場所なら燃える事はないだろう。

「……よし、行くぞ、宍戸」

「え?」

困惑する宍戸を連れて教室を出た跡部はまず理科室と保健室を訪れてありったけのアルコールを手に入れると、それを校舎内の出入り口付近にまいて火種となる紙切れや布などにもたっぷり湿らせた。

「消火ができねえ以上どこまで火が届くか予想がつかねえ。火をつけたらすぐにその場から離れろ」

「わ、わかった」

「合流場所はプールだ。いいな?」

「ああ!」

二手に分かれた跡部達はそれぞれの担当場所に火をつけるとすぐにプールへと向かった。

プールに最初に辿り着いたのは跡部だった。

出入り口が上手く燃えてくれる事を祈りながら宍戸の到着を待つ。

だがいつまで経っても宍戸はプールに現れない。

火をつけたらすぐにプールへ向かえと指示して置いたが、何かトラブルでも起きたのだろうか?

「チッ、手間掛けさせやがって……」

苛つきながら校舎内へ戻ると廊下の真ん中に宍戸が立っていた。

何かあったのではないかと内心不安に思っていた跡部は、ほっと安堵して宍戸の肩を叩く。

「おい、こんな所で何をぼうっと突っ立って……」

そう言い掛けたところで跡部はようやく異変に気づいた。

宍戸の足が"一本"増えている。

だがよく見るとそれは両足の間に立った木の棒だった。

床の穴を突き抜けた棒が三本目の足に見えたのだ。

早とちりしてしまった事に内心呆れながら宍戸の正面に回り込む。

だが宍戸の顔を見た跡部は、今度こそ本当に言葉を失ってしまった。

……宍戸は既に息絶えていた。

大人の腕程はありそうな太い木の棒が床を突き抜け、宍戸の体までもを貫いて開いた口から飛び出している。

宍戸は直立不動のまま串刺しになっていたのだ。

流れ落ちた血が腐った床に染み込んで床穴へと落ちていく。

一瞬何が起こっているのか理解できなかった。

だが徐々に脳が動き出し状況を理解しようとする。

「……!!!」

宍戸の死をはっきりと認識した跡部は、声にならない悲鳴を上げて後ずさりしていた。

人間を木の棒で串刺しにする。

そんな事が同じ人間にできるのだろうか?

ブラム・ストーカーの小説ドラキュラに登場する吸血鬼のモデルの一人であるヴラド3世は、かつて敵兵や反逆者達をことごとく串刺しにして並べたと言うが、ここまで"綺麗"に串刺しにする事などできるのだろうか?

死体を寝かせて串刺しにしたとしても、それを立たせて固定するにはかなりの労力が必要となる。

なぜそこまでして死体を串刺しにする必要があるのか?

それに血は上から下へまっすぐ滴り落ちている。

死体を寝かせて串刺しにしたのならもっと広範囲に血は広がるだろう。

つまり宍戸は"立った状態"で串刺しにされたのだ。

「うっ……」

状況を理解すると同時に激しい不快感に襲われて跡部は床に膝をついた。

濃い血の臭いと臓物特有の異臭。

さっきまで一緒にいた仲間の死。

慈悲の欠片もない殺し方。

頭が混乱して意識が遠のきそうになる。

必死で吐き気を堪えながら顔を上げると、そこに一人の女が立っていた。

血のように真っ赤なワンピースを着た髪の長い……。


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