Chapter4

慈愛十字病院(ぱとりあーかるびょういん)

現実世界ではそれなりの規模の病院で患者の数も多いのだが、数年前から"ある噂"が看護師達の間で囁かれるようになった。

生と死の狭間とも言える病院ではよくある噂の一つで信憑性は低いと思われたが、一つだけ確かな噂が存在した。

それは病院の関係者の間では"開かずの間"と呼ばれる地下室の噂だった。

その部屋に何があるのか。

そして何故、封鎖される事になったのか。

その理由を知る者は誰もいない。

些細な好奇心から人々は好きなように話を作り様々な噂が広がったが誰も真実を知らない。

もしかしたらその部屋はただ単に使われなくなってそのまま放置されているだけかもしれない。

開かずの間を開いたところで何もないのかもしれない。

それでも真実を確かめずにはいられないのだ。

「以上が聞き込みで得た情報です。すいません。変に怪しまれても動きにくくなるのでこれくらいしか集められなくて……」

そう言って田久地が申し訳なさそうに頭を下げると、和服の鬼碑忌はそれを手で制して笑みを浮かべた。

「いや、十分だ。よくやってくれた。色々無理を言ってすまなかったね」

「いえ……でもこの病院の地下に"開かずの間"と呼ばれる地下室があるのは本当みたいです。ここに長く入院してるお爺さんの話では、"開かずの間"の噂が立つようになったのは5、6年前だそうです」

「という事は、その"開かずの間"が作られたのも5、6年前という事か」

「俺には病院のよくある噂というか……その、"彼"の話と関係があるとは思えませんけど……」

「ふむ……」

鬼碑忌は考え込むように顎に手を当て、それから手帳のページをめくった。

田久地が入院してまでかき集めた情報は、おおよそ鬼碑忌の予想の範囲内ではあったが、一つだけ興味深い情報が得られた。

それが"開かずの間"。

誰も知らない地下室の存在だった。

もし本当にそのような地下室が存在するのならば"彼"の話とも合致するし、その部屋に入れれば何か手掛かりが見つかるかもしれない。

ただ現状これ以上の調査は難しいだろう。

「そう言えば七星ちゃんはどうしたんです?何か心当たりがある様子でしたけど……」

「ああ、彼女は調べたい事があると言って"天神町"の方へ向かったよ」

「天神町?」

「君もまだ覚えているだろう?数年前に来たある少年の話を」

「えーと、何でしたっけ?」

「そこで命を落とした者は現実世界から消失する……"天神小学校"の話さ」

田久地はしばらく考え込んで、それから思い出したように手を打った。

「ああ、思い出しました!そう言えばそんな話を七星ちゃんがしてましたね。もう5年くらい前でしたっけ?」

鬼碑忌は頷いて鞄からファイルを取り出して言った。

「どうも彼女はその天神小の話と今回の件は関係があると思っているようだよ」

「まあ確かに人間が"現実世界から消失する"っていうのは同じですからね。でもあの学校ってもうとっくに取り壊されて資料もほとんど残ってなかったはずですけど……」

「ああ、それで調査を断念したんだが、彼女には彼女なりの考えがあるのだろう。何かわかったら連絡すると言っていたから、後で情報を照らし合わせてみよう」

「わかりました。……それで"彼"からの連絡は?」

田久地が尋ねると鬼碑忌はファイルの中から一枚のメモを取り出して田久地に渡した。

「君にもこれを渡しておこう。"彼"の連絡先だ。ただどうも例の"知人"に何かあったようで、そちらの動きを探る為しばらく連絡は取れないと言っていたが……」

「そうなんですか……」

「ところでこれを見てくれないか?」

そう言って鬼碑忌が取り出したのは女性の似顔絵が描かれた一枚の紙だった。

30代後半くらいの女性の似顔絵だがなかなかの美人だ。

「この女性に見覚えはないか?」

「うーん……いえ、ありません」

「そうか」

「この人は?」

「"彼"が言っていた"消失したもう一人の人物"の似顔絵だよ。知人の絵師に頼んで描いてもらったんだ」

「見た感じどこにでもいる普通の女性ですよね。本当にこの人が消えたっていうこの病院の"元院長"なんですか?」

「幸村カナエ……彼女について調べてみたが、やはり何も情報は得られなかった。だが"彼"の話が本当ならば、彼女は確かにこの世界に存在し消えたという事になる」

「……」

田久地は手元の似顔絵に視線を落とし、それから寒気を感じてぶるりと震えた。

「"刻命裕也"という人の方はどうだったんです?」

「いや、彼については全く情報を得られなかった。刻命家にも行ってみたが、そんな人間は知らないと門前払いされたよ」

「家族の記憶にも残らないなんて……本当にそんな事があるんでしょうか?」

「わからない……だがもしそれが真実ならば、これほど恐ろしい事はないだろうな」


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