八ノ刻 片割レ月 後編
途中の分かれ道で跡部達と分かれ、玄関から桐生家の中へ入った柳生と仁王は、一旦別行動を取ってそれぞれ家紋風車を探し始めた。
黒澤家に比べればまだマシと言えるだろうが、この家は人形師の当主が作ったと思われる"からくり"があちこちに存在している。
壁に隠された回転扉はまだ良い方で、特定の順番で引き出しを開けないと取り出せない二重底や、僅かな人形の重みで反応する仕掛けなど、まるで忍者屋敷のように様々なからくりが施されている。
柳でさえ手こずっていた屋敷を二人だけで探索するのは正直気が重かったが、仁王はそれとは別に少し気になる事があった。
「……」
人形師の部屋で見つけた書物に目を通していると、そこへ柳生がやって来て珍しく少し慌てた様子で扉を開けた。
「仁王君、ここにいましたか!」
「何じゃ、そんなに焦って。例の風車が見つかったんか?」
「いえ、それよりも悪い予感が的中したようです。先ほど二階の書斎で双子の霊に襲われました」
「桐生姉妹の事か?」
「ええ。どうにか逃げ切ったようですが、またいつ襲われるかわかりません。ここは一度退いて、射影機を持つ跡部君に助力を願いましょう」
「……」
柳生の意見に仁王は少し考えてから口を開いた。
「その前に、柳生、これ見てみんしゃい」
そう言って仁王が示したのは机の上に広げられた書物だった。
人形師でもあるこの家の当主が書いた手記で、書いてある文字のほとんどは二人には読めなかったが、"
茜"と"
薊"という二つの名前はわかった。
どうやらこれが幼い桐生姉妹の名前のようだが、柳生には仁王が何故そこまで桐生姉妹にこだわるのか、その理由がわからなかった。
「茜と薊。姉が茜、妹が薊のようじゃ」
「これがあの姉妹の名前ですか……。それがどうかしましたか?」
「気にならんか?」
「?、何がです?」
訝しげな顔で柳生が尋ねると、仁王は懐から一枚の写真を取り出して柳生に見せた。
「この写真は……」
「例のでかい人形があった部屋で跡部が撮った物じゃ」
「桐生姉妹に襲われた時の……。そう言えばあの時、仁王君は片方の少女が"人形"だと言っていましたね」
「ああ。どっちが姉で、どっちが妹かはわからんが、片方は確かに人形だったぜよ」
「いわゆるポルターガイストというものでしょうか。まさか人形を操る力を持つとは……」
「操る……か」
柳生の言葉に引っ掛かりを覚えた様子で、仁王は書物に視線を落としながら考え込む。
「本当に操られてるのはどっちか……」
「?……何か気になる事でもあるんですか?」
「あの部屋……」
「え?」
「姉妹が住んでたらしいあの双子部屋の事じゃ」
「ああ、家具などが全て二つずつ揃えてあった奇妙な部屋の事ですね」
「あれを見る限り、姉妹の仲が悪かったとは思えんぜよ」
「そうですね。父親が作ったと思われる人形も遊んだ形跡がありますし、きっと仲の良い姉妹だったのでしょう」
「ならどうして二人一緒に現れないんじゃ?」
「……確かに少し気になりますね。姉妹のどちらかが人形を操る力を持っていたとしても、それほど仲の良い姉妹なら死後も一緒にいたいと願うのではないでしょうか」
「何かあるぜよ。この村にはまだ何か。……双子を使った儀式……。嫌な予感がするのう」
「仁王君の勘は良く当たりますからね。……もう少しこの家を調べてみましょうか」
人形師の部屋を出て双子部屋へ向かうと、二つ並んだ鏡台の前に幼い姉妹が並んで座っていた。
俯いているので表情はよくわからないが、その横顔はとても悲しそうに見える。
仁王達が近づくと姉妹の姿はふっと消えてしまったが、その時微かに"ドウシテコロスノ……"というか細い声が聞こえた。
「今のは……」
「残留思念というやつじゃろう。よっぽど強い未練があるようじゃ」
姉妹が座っていた座布団の上には、一枚の古い写真が置かれていた。
射影機で撮影したと思われるが、写真には壁の向こうへ消える桐生姉妹の姿が写っている。
「この掛け軸は……二階の書斎ですね。私は気づきませんでしたが、あの壁は回転扉になっていたのでしょうか」
「どうせ他に手掛かりもないしのう。行ってみるか」
仁王達が障子で仕切られた書斎部屋に入ると、微かに子供の声のようなものが聞こえた。
部屋の中には誰もいないはずなのに、どこからか監視されているような気配を感じる。
「この掛け軸じゃな」
「仁王君、気をつけてください」
「問題ないぜよ。ただの回転扉じゃ」
掛け軸の裏に隠された回転扉を抜けると、そこには半畳くらいの小さな空間があった。
物置のようにも見えるが置いてあるのは一体の人形だけ。
桐生姉妹に似せて作られた長い髪の人形だった。
「この人形……帯に紅い紐が結び付けられていますね。飾り……でしょうか」
「……」
仁王が人形を持ち上げると、どこかでカチリと音がした。
「今の音は?」
「……下か」
人形が置いてあった場所の床板を調べると、手を差し込めるくらいの隙間ができていた。
柳生に人形を預けて床板を持ち上げると、そこにずっと探していた家紋風車が収められていた。
祠にあった風車と同じように色の違う四つの羽が描かれているが、裏には桐生の家紋が彫り込まれている。
「目的達成じゃな」
「朽木でユキさん達と合流しましょう。他の皆さんも戻って来ているかもしれませんし」
「ああ」
仁王が床板を元に戻して回転扉から出ようとすると、不意に上着が何かに引っ張られた。
視線を下に向けると、そこに長い髪の少女が佇んで仁王の上着を掴んでいた。
「仁王君!」
柳生が慌てて駆け寄ろうとするが、それを手で制して仁王はしゃがんで少女と目線を合わせた。
少女の顔は長い髪に覆われていてよくわからないが、こうして近くに立っているだけでも突き刺すような冷気を感じる。
それでも仁王はさして怖がる様子もなく、普通の子供に接するように話し掛けた。
「仁王君、大丈夫なのですか?あまり近づき過ぎると……」
「大丈夫じゃ、柳生。それより隣の家に行って跡部を呼んで来てくれんかのう?」
「え?」
「射影機について真田がもう一つ言ってた事があったじゃろ?あれは元々、霊を撃退する為に作られたんじゃなく、霊と交信する為に作られたって」
「え、ええ。確かにそのような事を言ってましたね。あの射影機は異界との交信について研究していた麻生氏が作った物で、霊の思念や記憶さえも写し出す不思議な力があると」
「そうじゃ。あの射影機があればこの子が俺達に何を伝えたいのかわかるかもしれんぜよ」
「ですが……」
「心配性じゃのう。大丈夫ぜよ。この子と大人しく留守番しとるから」
「……わかりました。すぐに戻ります」
後ろ髪引かれる思いで柳生は仁王に背を向け立花家へと向かった。
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