六ノ刻 鬼隻

「お、追って来たりしてないよな?」

「あ、ああ。けどありゃ一体何だったんだ?見間違いじゃあ……ないよな?」

吹き抜けの広間を抜けて扉を閉めると、異形の女はもう追って来なかった。

半透明のあの女に実体があるのかどうかはわからないが、どうやら広間の外には出られないようだ。

死んだその場所に囚われる地縛霊……というものだろうか。

「これからどうする?」

「やはりあの等身大の人形が気になりますね。大きさもそうですが、あの人形だけ台座に乗せられていますし、何か仕掛けがあるとすれば二体の人形の重さが関係しているのかもしれません」

柳生の意見に跡部も同意し、一行は人形を作っていたと思われる一階の部屋へと向かった。

「こうやって見ると、すげえ数の人形だな」

「雛人形なら見た事あるけど、こういう日本人形?みたいなのは初めて見るぜ」

「暗い場所で見ると少々不気味ですね」

「そこら中に人形の頭や手足が転がっとるからのう」

「無駄口叩いてる暇があったら手を動かせ。人形の設計図でも何でもいい。片っ端から調べるぞ」

跡部に続き、仁王達も部屋の中を調べ始める。

暗い部屋での作業はなかなか骨が折れたが、しばらくして赤也とブン太が一枚の設計図を見つけた。

「これは……例の人形の設計図か」

「書いてある文字は読めねえけど、台座に何か仕掛けがあるみたいだな」

「どう思う?仁王」

「……単純に考えれば、柳生が言った通り重さが関係しとるんじゃろ」

「ってことは……」

「もう片方の人形の頭と両腕があれば仕掛けを動かせるかもしれませんね」

「結局それかよ」

うんざりしたようにため息をつくブン太がふと顔を上げると、設計図を覗き込む仁王の足元に何かが見えた。

最初は人形の部品かと思ったが、僅かに動く髪の毛に気づいて一気に鳥肌が立った。

「に、仁王!そそそ、そこに何か……っ!」

驚き過ぎて言葉になっていなかったが意味は通じたようだ。

それと同時に跡部達も気配に気づいて机から離れる。

「こ、子供……?」

仁王の足元に立っていたのは髪の長い一人の少女だった。

身長も仁王の腰程しか無い。

髪に隠れて表情はわからないが、何かを訴えるように仁王の上着の裾を掴んでいる。

赤也達が警戒して立ち竦む中、仁王だけは動揺する素振りも見せず、少女の目線に合わせるようにしゃがみ込んで声を掛けた。

すると少女は無言のまますっと手を上げ、部屋の隅を指差した。

そこには幾つかの巻物が置かれている。

仁王が視線を少女へ戻した時にはもうそこには誰もいなかった。

「い、今のやっぱり……ゆ、幽霊なのか?」

「そ、そんなのいる訳ないっしょ!変な事言わないでくださいよ、丸井先輩!」

「お前だって見ただろい。あいつの体透き通ってたぜ?」

「きっと見間違いですってば!」

震えながら言い争う赤也とブン太の後ろで、跡部は巻物の内容を確認していた。

同じように柳生と仁王も巻物を手にするが、どれも風化してしまって書いてある文字を読み取る事はできなかった。

だがたとえ文字が残っていたとしても、それを読んで理解する者がいなければ話にならない。

「あの少女が指差したのはこの巻物でしょうか?」

「だとしても俺達じゃ読めんぜよ」

「貸してみろ」

柳生が跡部に巻物を渡すと、跡部はそれを机の上に広げて射影機を構えた。

すると写真の中に人形の腕を抱えた少女の姿が写り込んだ。

「これは……」

「なるほど。それが真田の言ってた"射影機"というやつか」

「逢坂家で見つけた物だ。仕組みはわからねえが役には立つ」

「柳生、射影機は目には見えない霊的存在や残留思念を写し出す機械だと真田が言っとったのう」

「ええ。だとするとこの写真に写り込んだ少女が例の人形の部品を持ち出したのでしょうか?」

「可能性はあるな。手分けして探すぞ」

跡部の号令で一行は三手に分かれて人形の部品を探す事にした。

仁王と共に二階の障子の間へ向かった赤也は、古びた壺や葛籠の中を覗き込みながらぶるりと身震いをした。

「な、何か急に寒気が……くっそー、本当に気味悪い家だな」

両腕をさすりながら顔を上げると、障子の向こうに手招きをする人影が見えた。

仁王が呼んでいるのだろうと思って特に警戒もせず障子戸に近づいた赤也は、はっとなって足を止めた。

障子戸の隙間から白い手が、おいでおいでと手招きをしている。

最初は仁王かと思ったのだが、手招きするその手は"左手"だった。

実は今日の練習中、仁王は真田とのシングルスで左手を怪我していたのだ。

真田の強烈なスマッシュを返そうとした際に予期せぬ地震が発生して体勢を崩し、ラケットが吹き飛んだ拍子に左の掌に怪我をしてしまったのだ。

それほど大きな傷ではなかったが山の中を歩くのに傷口から感染症を引き起こす恐れもあった為、念入りに消毒して包帯を巻いていたのだ。

だからもし手招きするその手が仁王のものであったなら、包帯が巻かれているはずなのだ。

なのに、その手にはどこにも包帯がない。

「っ……」

恐怖に身が竦み声も出なかった。

襖を挟んだ隣の部屋で調べ物をしている仁王に助けを求める事も、その場から逃げ出す事もできずに立ち竦む。

しばらくして障子戸の向こうから影が消え、手招きする白い手も引っ込んだ。

だが次の瞬間、肩に冷たい何かが触れて赤也は文字通り飛び上がった。

「ぎゃあああああ!!」

「何じゃ、うるさいのう……」

聞き覚えのある声に気づき振り返ると、そこには包帯の巻かれた手で片耳を押さえる仁王の姿があった。

「に、仁王先輩……脅かさないでくださいよっ!」

「さっきから呼んどるのに返事をしないお前が悪い」

「へ?」

茫然としながら仁王が示した方へ顔を向けると、廊下に着物を着た幼い少女が立っていた。

一瞬で背筋が凍るが、よく見るとそれは精巧に作られた人形だった。

俯いているので表情はよくわからないが紛れもない人形だ。

「なんでこんな所に人形が……。さっきは何も無かったのに」

「見張られているようで落ち着かんのう。……まあそれはともかく、何か見つけたか?」

「い、いえ……」

「そうか。じゃあ次へ行くか」

歩き出す仁王を見て、赤也は慌ててその後を追い掛けた。


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