五ノ刻 贄
逢坂家の仏間には蔵の少年が言っていた通り、確かに仏壇の隣に隠し扉があり、そこから深道と呼ばれる地下へと繋がっていた。
元々あった洞窟に人が手を加えて貯蔵庫として利用していたようだが、二人の想像以上に深道はとても広かった。
岩で塞がれて奥まで進む事はできなかったが、赤也が見つけたノートに記されていたようにこの村の深道はかなり規模が大きいのだろう。
満足な明かりもない状態では歩く事さえ困難で、地図も無しに歩き回るのは自殺行為に思える。
もし仮にこの深道のどこかに外へ通じる道があったとしても、地図が無ければ遭難する可能性の方が高い。
「少し甘く見てたか」
「まるでアリの巣みてえだな。これじゃとても奥まで進めねえ。この地図にも地下の事は何も書いてねえし」
「……まあいい。鍵は見つけたんだ。ひとまず黒澤家へ戻るぞ」
「そうだな……」
宍戸が小箱の中から見つけた赤錆びた鍵を使って座敷牢の扉を開けると、赤也は牢の外に出て大きく伸びをした。
「はあ……やっと出られた。もう牢の中は懲り懲りっスよ」
「そういやさっき誰かが話してるのが聞こえたんだけど、"桐生"って家に余所者が捕まってるみたいなんだ」
「余所者?」
「あいつらは"マレビト"って呼んでたけど、外から来た人間をそう呼ぶって例のノートに書いてあったんだ」
「けどよ、余所者って事は……もしかして」
「ああ、幸村君達かもしれない。もしそうなら助けに行かないと」
「跡部、どうする?」
「……」
跡部はしばらく考えた後、桐生家に行く事を承諾した。
黒澤家の調査は必要だが、もし幸村達がいるのならば手を借りたいというのが正直な気持ちだ。
村の人間は信用できないし、ユキを捜すにしても手掛かりがない。
ここはブン太達と協力して桐生家に向かうべきだろう。
そう判断して一行は地図に記された桐生家へと向かったのだが、扉には鍵が掛かっていて開かなかった。
赤也が見つけたノートによれば、桐生家の鍵は祭りの間、御園の鳥居の裏に隠されているらしい。
「御園ってどこだ?」
「あの丘の上の広場だろう」
「ああ、最初に通ったあそこか」
会話しながら御園へと向かい赤也が鳥居の裏を調べると、小さな祠の中に古い鍵が入っていた。
それを持って桐生家に戻る途中、ふと宍戸は跡部の様子が気になって声を掛けた。
「おい、何かお前、顔色悪いぞ。大丈夫か?」
「……」
跡部は何かを吹っ切るかのように髪を掻き上げ前を向く。
「例の儀式について少し考えていただけだ。"蝶"が何を意味しているのかはまだわからねえが、この村の儀式に"双子"が関係しているのは間違いねえ」
「ああ。真壁って学者が書いた本にも双子や儀式って言葉が並んでたしな。あんまり考えたくはねえけど"人柱"だったのかもしれねえな。昔は雨乞いとかでそういうのがあったらしいし」
「だとするとこの写真に写っている双子がその人柱だったのかもしれねえ」
そう言って跡部が取り出したのは逢坂家で見つけた"白い着物の双子"の写真だった。
片方の顔がぐにゃりと歪んでしまっているが、中学生くらいの双子の姉妹のようだ。
帯に結ばれた紅い紐が二人の絆を象徴するように目立っている。
「姉妹か……なあ、あの蔵にいた奴が言ってた"八重"と"紗重"ってもしかしてこの写真の双子じゃねえのか?」
「どうしてそう思う?」
「いや、まあ別に根拠がある訳じゃねえけど」
「ただの勘か」
「……」
宍戸は困ったように頭を掻き、それから深いため息をついて言った。
「俺は民俗学とかそういうのよくわからねえけど、何かやり切れねえよな」
「何がだ?」
「だってこいつら俺達と同い年くらいだろ?そんな奴らが村の為に人柱になるなんて……なんつーか、そう簡単に割り切れるもんじゃねえだろ」
「……さあな」
「今と昔じゃ価値観が違うのかもしれねえし、毎日生きてくのだって大変だったんだろうけど、だからって自分の子供やダチを犠牲にしてまで生き延びたいって思うのか?」
「……」
「儀式だ何だって言われても、そんなの……少なくとも俺は受け入れられねえよ」
ぽつりと呟くように言った宍戸の言葉が、跡部の頭の中でいつまでも響いていた。
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