三ノ刻 大償
黒澤家に足を踏み入れた二人の背後で重そうな玄関が音を立てて閉まった。
嫌な予感がして後ろを振り返るが、どんなに力を込めても玄関はビクともしなかった。
立て付けが悪くなっていたのかもしれない。
どうにか直せないかと懐中電灯で扉を照らしていると、不意に明かりが揺れて何度か点滅を繰り返した後完全に消えてしまった。
「何をやってる?」
「お、俺は何もしてねえよ!勝手にライトが……っ」
叩いてみたり電池を入れ直してみたり色々試してみたが、結局懐中電灯は消えたままだった。
宍戸は深いため息をついて帽子を被り直す。
「くそ、次から次へと……。何なんだよこの村」
恐怖と混乱と怒りがこみ上げて来て強く拳を握り締める。
ここへ来る途中も散々な目に遭った。
蔵の少年から鍵の在処を聞けたのはいいが、村中に点在する双子地蔵を調べるのはなかなかに大変な作業だった。
暗いので懐中電灯で照らしていても視界が悪いし、途中で村人達にも追われながらどうにか二つの鍵を見つけて門を開け、橋の先にあるこの黒澤家へと逃げ込んだのだ。
ところが境内に入ってすぐ屋敷の前で白い着物の女と会って、それからと言うもの酷く気分が悪い。
まぶたを閉じれば、あの女の異様な姿が目に浮かんで寒気がする。
古めかしい着物を着ていたが、年は跡部達と同じ……いや、もしかしたら年下かもしれないが、顔だけ見ればごく普通の少女だった。
しかし少女の着ていた白い着物にはべったりと赤黒い血が付着していて、それが暗闇の中でも何故かはっきりと見えたのだ。
驚いている間に少女は忽然と姿を消し、嫌な予感を感じつつも屋敷の中へと足を踏み入れたのだが……間違いだったかもしれない。
「とにかくユキを捜すぞ。この家のどこかにいるはずだ」
「お前のその根拠のない自信が今は羨ましいぜ。はあ……ったく、今日は厄日だな」
疲れたようにため息をついて宍戸は懐中電灯を点ける事を諦めて腰のベルトに提げた。
暗闇でも屋敷の中にはぽつぽつと蝋燭が灯っているので歩く分には困らないだろう。
玄関のつきあたりには丸窓がありその左右に扉があったが、二手に分かれるのは危険だと判断し、二人はそのまま左の扉へと進んだ。
「……この家もやけに古そうな物ばっかり置いてあるけど、蝋燭に火が点いてるって事はやっぱり誰かいるのか?」
「生きた人間なら良いけどな」
「……」
宍戸は黙って跡部の後を追った。
明暗する部屋を抜けるとそこは
土縁になっていた。
土縁というのは土足で入れる縁側の事で、冬季は雨戸で室内化されたりもする。
ここには蝋燭が少ないので非常に暗いが、雨戸の隙間から漏れる月明りでなんとか足元は見えた。
「……なあ跡部、この家……何か変じゃねえか?」
「何がだ?」
「上手く言えねえけど、ずっと誰かに見られてるような気がして落ち着かねえんだよ」
「……」
まとわりつくような視線ならば、この屋敷に入る前から感じている。
誰もいないので視線と表現するのはおかしいのかもしれないが、どこかに潜んでいる人物からずっと監視されているような……そんな気分だ。
こんな古い日本家屋に監視カメラが仕掛けてあるとは思えないし、それにカメラで見られているような気配でもない。
体中にまとわりつくようなどす黒い何か。
それを闇と表現するのなら、この屋敷は逢坂家よりも闇が深いようだ。
気のせいか、体も何だか重い。
風邪を引いた時のように思考がまとまらず、気を抜くと不意に意識が遠のきそうになる。
「さっさと調べた方が良さそうだ」
足元に気をつけながら廊下を進み襖を開けると、そこは大広間になっていた。
座敷の中央には囲炉裏があり、その近くにこの屋敷には似つかわしくない真新しい携帯電話が落ちていた。
「それ……丸井の携帯電話じゃねえのか?帰り際にメールしてんの見たから覚えてっけど……」
「立海の奴らもここにいるのか……?」
跡部が携帯電話を調べてみると、未送信のまま残っているメールがあった。
携帯電話が圏外になっている事に気づき、メールをメモ帳代わりにしていたようだ。
そこには後輩の赤也と共にこの村に迷い込み、村から出られなくなって出口を探しているという内容が記されていた。
「他に何か書いてねえのか?」
「写真が残ってるな。この村の様子を写した物だ」
画像フォルダにはこの村に入ってから撮影したと思われる写真が何枚か残っていた。
最初の数枚は逢坂家の物で、双子地蔵や神社を写した写真もある。
その中に黒澤家と思われる写真も数枚あった。
「けどここに丸井の携帯電話があったって事は、やっぱりユキもここにいるのか?」
「だろうな。この村の連中は"双子"を探していた。ユキが捕まった可能性は高い」
「なんで双子なんか……。あの地蔵と何か関係があるのか?」
「さあな。そんな事より先を急ぐぞ」
ブン太の携帯電話をポケットにしまって跡部は大広間を後にした。
1/3