Chapter2

「……」

病室のベッドの上で私は魂が抜けてしまったかのように茫然と座り込んでいた。

どうやって自分の病室に戻って来たのかも思い出せない。

夢か現実かもわからず、思考回路が完全に停止していた。

時計は一向に進む気配がなく、ずっと同じ時刻を示したままだ。

窓の外を見ても真っ暗で静かな雨の音だけが響き渡っている。

まるでこの病院だけが世界から隔離されてしまったかのよう。

膝に手を置いてじっと黙り込んでいると不意に携帯電話の着信音が鳴り響いた。

日吉君だと思い相手も確かめずに電話に出たのがいけなかった。

通話口から聞こえて来たのは数人の男女の話し声だった。

『さっきの男は?』

『いや、見当たらない。また消えたようだ』

『どうなってるの……さっきの人も幽霊?』

『わからない。とにかくここから……』

『くそ!奴が来たぞ!』

ガタガタという激しい物音と足音が聞こえる。

何かから逃げてるみたい。

叫び声と共に激しいノイズが走り、プツンと電話は切れてしまった。

「……何だったんだろう」

不思議に思いながら顔を上げた瞬間、私は思わず自分の目を疑った。

「え?……何、ここ……」

腐った木の臭い、吹き抜ける風の音。

抜け落ちた床、割れた窓ガラス。

そこはどう見ても慈愛十字病院ではなく、どこかの廃校だった。

後ろを振り返っても暗い廊下が続いてるだけでベッドもテーブルも見当たらない。

「どうなってるの?なんで……」

混乱しながら辺りを見回していた私は校舎の様子に見覚えがある事に気づいた。

「ここ……あの夢の中の……」

最近見るようになった嫌な夢。

どこかの廃校で"お兄ちゃん"に追われながら必死に逃げる悪夢。

ここはあの夢で見た廃校に似てる気がする。

「じゃあこれも夢?」

自分の両手をさすってみたり頬をつねってみたりしたけど夢か現実かはっきりしない。

でも現実だとしたらここは一体どこなんだろう。

「……誰かいるのかな」

足元に気をつけながら廊下の角を曲がると、教室の前に中学生くらいの男の子が倒れていた。

けれど左腕は切り取られ首は変な方向にねじ曲がっている。

その向こうには同い年くらいの女の子が壁を背にして座り込んでいるけど、上半身と下半身が腕一本分くらいズレてしまっている。

悪夢の中で何度も見た光景が今私の目の前に広がっている。

でもこれは本当に夢なの?

こんなにも吐き気がこみ上げるような血の臭いが充満しているのに。

「っ……夢に決まってる!だってこんなのおかしいじゃない!」

自分に言い聞かせるように吐き捨てて私はその場を離れた。

死体のある廊下を通り過ぎて目についた教室の中に入ると、倒れた机の近くに白骨死体があった。

これもあの悪夢と同じ。

ここはまるで死体の宝庫のよう。

ここでは生きてる人間の方が場違いなのだ。

『君も迷い込んだのか……』

不意に頭の中に声が滑り込んで来た。

砕かれた白骨死体の上に青い人魂のようなものがぼんやりと浮かんでいる。

「あなたは……?」

『ここで死んだ犠牲者の一人さ……この学校で死んだ者は永遠に死の苦しみを繰り返す……』

青い人魂が震えるように勢いを増す。

常識ではあり得ない事だけど非常識な事がたくさん起こり過ぎて私の感覚は麻痺してしまったのかもしれない。

「ここはどこ?」

『ここは……天神小学校……』

「天神小学校?」

聞き覚えのない学校名だ。

私が通っている保育園の近くにはない。

『少しでも長く生きていたいのなら決して一人になってはいけない……』

どういう事か聞き返そうと思った時にはもう青い人魂は霧散してしまった。


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