Chapter1

暗闇の中、私はひたすら走り続けていた。

闇の奥から聞こえて来る狂ったような笑い声。

どうしてこんな事になったのか、状況を理解する間もなくひたすら逃げる。

でも息が苦しくて胸に痛みが走り足がもつれる。

倒れ込みうずくまる私の耳元で彼は囁いた。

"お兄ちゃんが守ってやる"と。

甘い悪魔の囁きのように耳の奥へ声が滑り込んで来る。

恐る恐る顔を上げればそこには笑みを浮かべる青年の姿。

身も心も疲れ果てて差し伸べられた手に自分の手を重ねようとしたところで目が覚めた。

……最近、嫌な夢を見る。

ボロボロの木造校舎で"お兄ちゃん"に追われながら必死に逃げる夢。

凄く怖いけど妙な懐かしさも感じる。

何度も同じ夢を見ているからそう思うのかな?

私が考え込んでいると不意に女性の声が響いた。

「おはよう、刻命さん。今日の調子はどうですか?」

見上げるとそこには昨日と同じ天使の微笑みがあった。

私は慌てて寝癖を手で直して笑顔を作る。

「お、おはようございます。すいません、寝坊したみたいで……」

「ふふ、構いませんよ。昨日はぐっすり眠れたようで良かったですね。疲れている時は眠るのが一番のお薬ですから」

そう言って微笑む看護師さんは相変わらず美人でほっとする安心感がある。

最初は入院する事に抵抗感のようなものがあったけど、寝坊までするなんて自分では気づかないほど疲れが溜まっていたのかもしれない。

私がこの慈愛十字病院(ぱとりあーかるびょういん)に救急で運ばれたのが昨日のお昼頃だった。

やっと取れた休暇に久しぶりのデートで気分は凄く舞い上がっていたのだけれど、気がついたら病院にいて看護師さん達に囲まれていた。

聞いた話によると過労が原因で突然倒れて意識を失ったらしい。

自分ではそんなつもりはなかったけど、改めて振り返ってみると確かに最近は忙しかったように思う。

保育士になってようやく少し仕事に慣れて来た頃で、毎日充実してはいたけど休みなんて全然取れなかった。

自分で選んだ道だから後悔はないけど、久しぶりのデートだったのに景吾には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

海外で暮らしてる景吾とはいわゆる遠距離恋愛を続けている。

学生時代から目立つ事が大好きな景吾は当然女性にもモテモテだけど、連絡はマメにくれるし良い関係を築けてると思う。

だからプロポーズされた時は本当に嬉しかった。

俺様で自分勝手な性格だと思われがちだけど、実際はそんな事ないし私の事だってたくさん気に掛けてくれる。

昔はまさか景吾と結婚する事になるなんて全然思ってなかったけど。

先輩だったし、地味な私とは特に接点もなかったから。

つき合い始めたのは高校生の頃だけど、景吾に告白された時は本当に驚いたなあ。

テニス部のマネージャーになって話す機会は増えたけど、日吉君達と過ごす方が多かったし。

そう言えば景吾とつき合い始めた時、日吉君には猛反対されたっけ。

まあずっとライバル視というか追い続けてる人だから色々思う所があったのかもしれないけど。

でも今は、景吾と出会えて本当に良かったって思う。

「最初はお兄ちゃんに似てる人だなあ、なんて思ってたのにね……」

窓の外を見つめながら私は思わず笑ってしまった。

こうしてゆっくり過ごすのも悪くないけど、やっぱり子供達がいないとちょっと寂しいな。

早く会いたいな……。

私は賑やかな保育園の様子を思い浮かべながらそっと目を閉じた……。


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