Last Chapter
焼けた男子生徒の霊に導かれ地下防空壕に足を踏み入れたユキは、懐中電灯の明かりだけを頼りに暗い洞窟の中を進んでいた。
湿った土の臭いに混じって漂うとても言葉では言い表せないような異臭に包まれてユキは何度も吐き気に襲われた。
それでも出口を目指して地下道を進んでいると、横穴に重そうな扉があるのを発見した。
全身を使って体当たりするように扉の向こうへ体を滑り込ませると、そこはまさに地獄の底、死体の宝庫だった。
壁際に幾つも積み上げられた人骨。
20メートルほどの大きな穴に溜まったどす黒い液体。
その水面に浮かんでいる腐乱死体。
どこを見ても死体、死体、死体。
ここでは生きている自分の方が異質な存在に思えるくらい死体しかなかった。
こみ上げる吐き気を堪えて地下道に戻ったユキは、先程見た光景を振り払うように首を振って歩き出した。
首筋を伝う冷や汗を拭う余裕すらないまま、ひたすら前に進む。
この先に何があるのかわからないが、黒服の男が追って来ているかもしれない以上、前に進むしか選択肢はなかった。
「……何だろう、これ……」
地下道を進んで行くと、横穴に鉄でできた壁とレバーのような物があった。
無惨な姿で床に転がる鳳の姿を思い出して一度はためらったが、勇気を出してレバーを引くと鉄の扉がゆっくりと上に上がった。
恐る恐る中を覗き込んでみると、そこは資材置き場のような場所だった。
積んである荷物は長い年月の間にほとんど朽ちてしまっているが、死体がないだけまだマシだった。
何か役に立つ物はないかと辺りを見回していると、不意にがこんと何かが外れるような音がした。
訝しげに思った次の瞬間、激しい揺れに襲われてユキは懐中電灯を握り締めたまま地面に膝をついた。
積み上げられた荷物が崩れて土埃が舞いユキがむせ返っていると、天井付近で大きな音がして瓦礫が降って来た。
慌てて逃げ出そうとするが揺れのせいで思うように体が動かず、もがいている内に土砂が降って来て両足が土の中に埋まった。
「やっ……!」
大きな岩が降って来るのが見えて思わず目を閉じるが、次に目を開けた時には何故か重たい鉄扉の前に座り込んでいた。
茫然としながら顔を上げると、そこに息を切らしながら膝をつく日吉の姿があった。
「日吉君……っ」
「はあっ……ぼうっとするなって言っただろ!死にたいのか!」
鋭い目で睨まれ怒鳴られても、ユキは嬉しかった。
もう二度と会えないのではないかと思っていた。
「よかった……!っ……もう会えないかとっ……思って……っ」
感情が溢れ出して上手く言葉にならなかった。
怖かった、無事でよかった、会いたかった。
伝えたい事はたくさんあるのに言葉が詰まって声にならない。
泣いていたらまた叱られるとわかっているのに涙が溢れ出して止まらなかった。
「ごめっ……なさい……っ」
止まらない涙を必死に拭っているとふわりと温かい何かに包まれた。
「……よく頑張ったな」
耳元でぼそりと呟くように聞こえた言葉に、ユキは一瞬涙が止まった。
頭を撫でる手は優しい兄と違ってどこか不器用ではあったが、すとんと心が落ち着いた。
「っ……」
頬を伝う温かい涙を手で拭ってユキは小さく頷いた。
そしてゆっくりと立ち上がった時、ふと視界の端に立つ赤い服の少女に気づいてユキは目を見開いた。
「え?」
突然浮遊感に襲われ下に目を向けると、足場が音もなく崩れ始めていた。
「きゃあああああ!!」
重力に従い落下していく体を止めたのは日吉だった。
左手がかろうじて崖の淵に届いたが、右手に圧し掛かるユキの重みで今にも指が滑り落ちそうだった。
「っ……」
歯を食いしばってどうにか体を持ち上げようとするが、ロクに足場もない状況で女子中学生一人を抱えたまま片腕一本で二人の体を持ち上げるのは不可能だった。
小石が転がって暗い穴の底に消えていくのを見て、日吉はユキの腕を強く引いてその体を少しでも上に持ち上げようとした。
「俺の体にしがみつけ!!」
「っ……」
恐怖と浮遊感に襲われながらユキは必死に手を伸ばして日吉のシャツを掴んだ。
「そのまま俺を足場にして上に上がれ!!」
「え!」
突然の指示にユキは困惑した。
しかしそれに構っている余裕は日吉にはなかった。
「早くしろ!それくらいできるだろ!!」
迷っている暇もなく、ユキは言われた通りに必死に日吉の体をよじ登り崖の上へ手を伸ばした。
だが掴まれる物もなく、崖の淵に手を伸ばしても土や小石が転がっていくばかりで体を持ち上げる事はできなかった。
日吉の腕が限界に近づいた時、不意に誰かの声が響いた。
「手を伸ばせ!!」
「!」
そこには制服が汚れるのも構わず崖の淵へ手を伸ばす跡部の姿があった。
「何してやがる!早く手をこっちへ!!」
跡部の手が震えるユキの手を掴んだ次の瞬間、崖が崩れて日吉の手が地上から離れた。
「日吉!!」
跡部が叫んだ時にはもう日吉の体は闇に呑まれ、どこにも見当たらなかった。
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