Chapter2

渡り廊下を抜けて事務室の角を曲がった時、廊下の向こうから複数の足音と揺れる光が近づいて来た。

しばらくそこで立ち止まっていると、光はだんだんと大きくなりその向こうに懐中電灯を手にした結衣と袋井の姿があった。

「刻命!」

「宍戸先生、袋井……やっぱりまだ残ってたんだな」

ほっと安堵の表情を浮かべて歩み寄ると、袋井がため息をつきながら少し怒ったように刻命を睨んだ。

「お前ら……そんなずぶ濡れの格好で堂々と廊下を歩いて来るな。だいたい帰ったんじゃなかったのか?妹さんまで濡れてるじゃないか。全く、風邪でも引いたらどうするんだ」

まるで母親のように小言を並べる袋井だったが、ふと刻命達の後ろにいる二人を見て訝しげに眉を寄せた。

「君達は……氷帝学園の生徒か?中学生のようだが、どうしてここに?」

「事情は後で話す。それより一体何があったんだ?」

刻命が尋ねると袋井は結衣と顔を見合わせてもう一度深いため息をついた。

「嵐のせいで停電になったんだ」

「それで職員室にある分電盤を確認しに来たんだけど、どこにも異常が見当たらないのよ。袋井君にも手伝ってもらって本棟の分電盤も調べてみたんだけど……やっぱり駄目みたい」

「携帯も圏外のままで通じないし、校内の電話も何の反応もしなかった。正直お手上げだ。……それはそうと健介はどうしたんだ?一緒じゃないのか?」

「帰る途中に停電になって、生徒会室に懐中電灯を取りに行ったきり会っていない」

「え?それは本当なの?刻命君」

「まいったな。あいつまで行方不明か?」

「他にも誰か?」

「さっきから捜しているんだけど霧崎さんの姿が見えないのよ。ちょっと目を離した隙にどこかへ行ってしまって……」

「山本はどうしたんですか?」

「山本さんなら今保健室にいるわ。分電盤を確認する為に食堂の方へ行ったら、氷帝学園の制服を着た中学生が倒れていたのよ。それでとりあえず保健室に運んだんだけど……」

「!」

結衣の話を聞いて驚いたのは忍足と日吉だった。

自分達の他にも氷帝学園の生徒がいると聞いて、保健室へ様子を見に行きたいと言い出した。

異論はなかったので刻命達も同意し、とりあえず一行は事務室の隣にある保健室へと向かった。

保健室に入ると、美月が棚の中から数枚のタオルを取り出していた。

左手には錠剤の入った薬瓶が握られている。

「あ、結衣先生。どうでした?」

「やっぱり駄目だわ。分電盤には何の異常も見当たらないし、業者の方に来てもらわないと復旧は難しそうね」

「そうですか……」

「あの子の様子はどう?」

結衣が尋ねると美月は軽く首を振ってベッドの上に視線を向けた。

ベッドでは額に濡れタオルを乗せた男子生徒が眠っている。

その姿を見て忍足と日吉は慌てた様子でベッドに駆け寄った。

「跡部!」

眠っている男子生徒の顔にはユキも見覚えがあった。

氷帝学園の生徒会長でテニス部の部長を務める跡部景吾だ。

忍足以上の有名人で氷帝学園でその名を知らない者はいない。

白檀高校にも氷帝学園の話は伝わっているので、跡部家の御曹司がテニス部で活躍しているという話は刻命達も聞いた事がある。

「知り合いのようだな」

「ああ……」

袋井の言葉に頷いてから刻命は丸椅子に座った美月に声を掛けた。

「霧崎がいなくなったって言うのは本当か?」

「うん。やっぱり刻命君も見てないんだ」

「ああ。さっき聞いたばかりだ。でもどうして霧崎が?一緒に帰るはずじゃなかったのか?」

「私にもわかんないけど、刻命君達が出て行った後、突然停電になって……。置いてあった予備の懐中電灯を点けたり蝋燭の準備をしたりでバタバタしてたらいつの間にか凍孤がいなくなってて……。だから凍孤がいつ生徒会室を出て行ったのかもよくわからないの」

「……」

脳裏に浮かんだのは旧校舎から追いかけて来た四つん這いの女だった。

現実離れした姿で今でも訳がわからないが、あの女に黒崎や凍孤が襲われていない事を祈るばかりだ。

「黒崎は生徒会室に戻らなかったのか?懐中電灯を取りに行くと言っていたが……」

「え?黒崎なら来たよ。それで予備の懐中電灯を一本渡してすぐに出て行ったけど……会わなかったの?」

「ああ。じゃあやっぱりあいつもまだどこかに……」

「もう本当に踏んだり蹴ったりだわ。今日は見たいテレビがあったのに」

深いため息をついてから美月は忍足達を見て不思議そうに首を傾げた。

「ところで君達は?その子の友達?」

忍足と日吉が事情を話し、ベッドで眠る男子生徒が跡部だと知って刻命達は驚いた。

「へえ、彼が有名なテニス部の部長さんなんだ。うちの学校でも君達って結構有名人なのよ。今年の全国大会も大活躍だったし」

「それはともかく、どうしてここに?まさかとは思うが忍び込んだんじゃないだろうな?」

袋井の質問に忍足と日吉は戸惑いの表情を浮かべた。

それでとりあえず刻命が今まであった出来事を話したのだが、やはりそう簡単には信じてもらえなかった。

「はあ……全く、お前まで悪乗りしてどうするんだ。これ以上、俺の苦労を増やすな。だいたい旧校舎が取り壊されたのは俺達が生まれるずっと前の話だぞ。跡地はテニスコートになっているし、お前だって知ってるだろう刻命」

「ああ、俺もまだ信じられない。悪い夢でも見ている気分だ」

「お前、風邪引いて熱でもあるんじゃないか?いつもはそんな冗談言うタイプじゃないだろう」

「とにかく!雨も強くなってきたし、むやみに動き回るのは危ないわ。私が部室棟の電話で連絡して来るから皆はここで待ってるように」

「先生、部室棟って?職員室の電話もダメだったんでしょ?」

「部室棟は本棟とは違う配線になっているから、本棟が停電しても大丈夫なのよ。だから今から行って来るわ」

「美月、俺も先生と一緒に行って来るよ。悪いが、ここを頼む」

「わかった。暗いんだから気をつけてよ」

「ああ。それと刻命もここでじっとしてろよ。途中で黒崎達に会ったら保健室に行くよう伝えるから、おとなしくしてろ。君達もいいな?」

忍足達にも念を押して袋井は結衣と共に保健室を後にした。


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