第十三章 狂騒

「水練場……後は向こうか」

鬼碑忌から受け取った見取り図を手に幸村は一人校舎の探索を続けていた。

あちこち探し回ったが未だに被害者児童の遺体の一部は発見できていない。

元々この学校のどこかにあるという大雑把な手掛かりしかないのだから無理もない。

だが仲間達を救うには他に方法がないのも事実。

挫けそうになる心を叱咤しながら根気よく探索を続けていると、一階西にある更衣室の扉が開いている事に気づいた。

ここは板と釘で封鎖されていて開かなかった部屋だ。

中に入ると棚の近くに白骨化した男子生徒の遺体が転がっていた。

遺体の手には何かのハンドルのような物が握られている。

その近くには死の間際に書き残したと思われる遺書が残っていた。

「これは……」

遺書には幽霊の子供達に仲間を殺された怨みが記されていた。

その復讐の為に男子生徒は地下室で見つけた"ある物"をプールに隠したらしい。

最後の一文には永遠に自分の体を探してさまよっていればいいと記されている。

幸村は遺体の手から錆びたハンドルを抜き取るとプールへ向かった。

奥にある水圧調整室に入ると、排水弁のハンドルが取れてしまっていた。

更衣室で見つけたハンドルを付けて回すと、プールの方から水が流れる音が聞こえて来た。

「絶対に見つからない隠し場所か……考えられるとすれば給水口か?」

水の抜けたプールに下りて給水口を調べると、案の定何かが引っ掛かっていた。

手を伸ばして引き寄せてみるとそれは古びた巾着袋だった。

紐が給水口に結びつけられている。

プールサイドに落ちていたガラス片を使って紐を切り中を確かめた幸村はうっと呻いてすぐさま巾着袋の口を閉じた。

袋の中には校長によって切り取られた児童の"遺体の一部"が入っていたのだ。

校舎内で見かける遺体のほとんどは白骨化しているのに、袋の中の耳や舌は腐りもせず生々しいままだ。

「っ……」

吐き気を堪えながら立ち上がった幸村は巾着袋を手にしてその場を立ち去ろうとしたが、不意に腕を引かれて後ろを振り返った。

制服の袖が何かに引っ掛かったのかと思ったのだが、腕に巻きついていたのは黒い髪の毛だった。

振り払おうとしても長い髪の毛が蛇のように巻きついて離れない。

そのまま髪の毛は給水口の奥へ戻っていこうとする。

「!」

幸村は拾ったガラス片で髪の毛を切ろうとしたが、何度切っても別の髪の毛が腕に巻きついて逃れられなかった。

徐々に体が給水口の中へ引きずり込まれていく。

と、その時だった。

「幸村部長!!」

聞き覚えのある声がして幸村と給水口の前に赤也が割って入りナイフで髪の毛を切り始めた。

「赤也!」

「おい、切原!何をぐずぐずしてる、早くしろ!!」

跡部が引きずり込まれていく幸村の体を押さえて叫ぶ。

すると突然力が消えて幸村と跡部は足を滑らせて後ろに倒れ込んだ。

「幸村部長、大丈夫ですか!?」

倒れた幸村に慌てて赤也が駆け寄る。

「っ……ああ、大丈夫だ。ありがとう、赤也。跡部も……助かったよ」

跡部は雨に濡れた髪の毛を掻き上げて立ち上がる。

全員がプールサイドに上がった所で赤也が事情を説明した。

「そうか……忍足や宍戸もここに」

「それで幸村部長、あんな所で一体何してたんスか?」

「……これを取ろうとしたらあの髪の毛に襲われたんだ」

そう言って幸村が片手に持った巾着袋を持ち上げると、跡部が驚いたように目を見開いた。

「それは"サチコ"の……」

「いや、これはこの学校で殺された児童達の物だよ」

「何?」

「用務員室で鬼碑忌という人に会って、幽霊の子供達を正気に戻す方法を探してたんだ」

「鬼碑忌だと?奴は生きているのか」

「君も会ったのかい?」

「いや、だがそうなるとあの雌猫の暴走を止められるかもしれねえ……」

「猫?」

跡部はしばらく黙り込んだ後、ついて来いと言ってその場を後にした。

3人が訪れたのは一階東にある保健室だった。

中に入ると倒れた薬棚の近くで幽霊の子供達がふらふらと彷徨い歩いていた。

「あいつらまだいる。……でも本当に大丈夫なんスか?もし失敗したら俺ら全員殺されるんじゃ……」

「……」

跡部は無言のまま子供達の様子を窺っている。

そんな中、巾着袋を手にした幸村が前に出て机の上に置いてあった紙と鉛筆を手に取った。

「幸村部長?」

「あの子達に俺達の"声"は届かない。ならこれで……」

幸村は紙にメッセージを書くとそれと持って子供達に近づいて行った。

何かを探すようにふらふらと彷徨い歩いていた子供達が幸村に気づいて顔を上げる。

「これを君達に返したいんだ」

そう言って幸村が巾着袋の口を開けて子供達に差し出した。

血塗れの少年が中を覗き込んでびくりと肩を震わせる。

同じようにおさげの少女も中を覗いて片目を見開いた。

顎から上がない少女だけは見る事も聞く事もできないのでベッドの近くでじっと立ち尽くしていたが、おさげの少女が近づいて遺体の一部を手渡すと少女は大事そうにそれを胸に抱き込んだ。

片目の少女の瞳から涙が零れ落ちて体が薄れていく。

血塗れの少年も顎から上がない少女も同じように消えて、最後に汚れた巾着袋だけが床に落ちて朽ちていった。

「……上手くいったのか?」

不安そうに幸村を見守っていた赤也がぽつりと呟いた。

「あいつら成仏したんスかね?」

「さあ……わからない。でももうこれで"自分"を探す必要はなくなった」

幸村はそう言って静かに目を閉じた。

家族の元に帰る事はできないが、せめて安らかに眠れる事を祈って。


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