第七章 罠
「天神小学校……?」
「聞いた事のない学校名ですね」
「まあ立海の近くにこんな木造校舎建ってねえからな」
三階の図書室で真田、柳生、ジャッカルの三人は壁に貼り付けられたプリントを見ながら今の状況について話し合っていた。
「ん?何だ、これは……」
「昭和28年……随分と古い日付ですね」
「どうなってんだ?木造の校舎と言い、やっぱりここ変だぜ」
「とにかくもう少し校舎内を調べてみよう。幸村達もここに来ているかもしれん」
「そうですね……」
柳生が頷いて扉に手を掛けた瞬間、バリバリッという何かが裂ける音と女の悲鳴が響き渡った。
驚いて廊下に飛び出すと、階段の方から助けを求める声が聞こえた。
「おい!大丈夫か!」
階段の踊り場に空いた大穴に中学生くらいの少女がぶら下がっている。
ジャッカルが足場に気をつけながら腕一本で少女を引き上げると、少女は床に両手をつきながらしばらく荒い呼吸を繰り返していた。
ようやく落ち着きを取り戻して礼を言って立ち上がると、少女は真田達の顔を見回して驚いたように目を見開いた。
「あなた達……確か立海大附属中の……」
「俺達を知ってるのか?」
「全国大会で三連覇した立海の王者ですもの。ちょっとした有名人だよ。あ、私は不動峰中の橘杏。さっきは本当にありがとうございます!」
「不動峰か……。確か準々決勝で大阪の四天宝寺中と試合したダークホースだったな」
「もしかしてあなたは部長の……」
「はい、妹です」
「やはりそうでしたか……。あなたもあの"おまじない"が原因でここへ?」
杏は頷いて自分が知る限りの事を真田達に伝えた。
「マジかよ。じゃあユキが言ってたまじないを教えてくれた"友達"ってのはお前の事だったのか」
「ごめんなさい。まさかこんな事になるなんて……。もしかしたら跡部さんもあのおまじないをやったんじゃないかって不安だったんです。でも、やっぱりもう……」
「ええ。私達もあのおまじないを実行してここへ飛ばされたようです。ですがその事でユキさんを責めるつもりはありません。勿論あなたの事も……」
「ああ。理由はどうあれ、こうなった以上自分の責任だからな。今はここから脱出する事が先決だ」
真田の言葉にジャッカルも頷き、杏は少しほっとしたように表情を緩めた。
「それはそうと、さっき言ってた"ハンマー男"ってのは一体何なんだ?」
「襲われたと言っていたな?」
「はい。私にもよくわからないんですけど暗闇から急に襲われて……伊武君とはぐれた後、神尾君が私を逃がす為に囮に……。早く合流しないと!」
「そんな危ねえ奴がいるなら、のん気に探索してる場合じゃねえな」
「ああ。とりあえず不動峰の二人を捜そう。話はそれからだ」
「わかりました。皆さん、十分注意して下さい」
真田達は顔を見合わせて頷くと、杏と一緒に神尾達の捜索を始めた。
二階に下りて途中教室の中を確認しながら廊下を歩いていると、柳生がある物を見つけて真田達を呼んだ。
それは廊下の掲示板に貼られた一枚のメモだった。
ノートの切れ端に鉛筆で"体育館で待っている、神尾アキラ"と記されている。
「よかった!神尾君無事だったのね!」
「体育館は確か一階の北西にありましたね」
「行ってみようぜ」
メッセージを読んだ真田達が体育館を訪れると、倉庫に不動峰のテニス部員達が集まっていた。
杏がはぐれたという伊武深司は頭と足を負傷していたが、意識ははっきりしていて彼から事情を聞く事ができた。
「え?じゃあ神尾君、一人でお兄ちゃんを捜しに行ったの?」
「おい、それ危ねえんじゃねえか?ここにはヤバイ奴がうろついてんだろ?」
「俺達だって橘さんを捜しに行きたかったけど、怪我した桜井達を放って行ける訳ないだろ!」
「それより別館があるというのは本当なのか?」
「ああ。俺達は橘さんと一緒に別館で出口を探してたんだ。そしたら変な男が襲い掛かって来て……」
「橘さんとはぐれた後、渡り廊下を見つけてこっちに来たんだ。もしかしたら橘さんがいるんじゃないかと思って」
「……」
真田達は無言で顔を見合わせる。
「別館か……。もしかして赤也達もそっちにいるんじゃねえか?」
「その可能性はありますね。ただ危険人物が徘徊しているとなると暗闇の中でむやみに動くのは危険でしょう」
「だがここでじっとしていても仕方あるまい」
三人がこれからの行動について話し合っていると、怪我人の様子を見ていた杏が立ち上がって出口に向かって駆け出した。
「お、おい!どこ行くんだ!」
「お兄ちゃんと神尾君を捜さないと!皆はここに居て!」
そう言って走り去ろうとする杏の腕を真田が掴んで引き止めた。
「待て、落ち着け!」
「でもお兄ちゃん達がっ」
「一人では危険だ!」
「真田の言う通りですよ、橘さん。私達も仲間を捜しています。もし宜しければ同行させて下さい」
「え?でも……いいんですか?」
「今更遠慮なんかいらねえよ」
「っ……ありがとうございます!」
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