第三章 狂愛

「ここにも遺体か……。ここは死後の世界かもしれんのう」

廊下に横たわる白骨死体を目にして仁王は呟いた。

教室で目覚めてから出口を求めて校舎の探索を続けているが、目につくのは老朽化した机や椅子と見知らぬ人間の遺体ばかり。

昇降口も窓も開かず、外部との連絡手段もない。

いっそのこと全て放り出して現実逃避してしまいたい程、ここには何もない。

「……ん?これは」

遺体の衣服を調べていた仁王は、見覚えのある切れ端を見つけて眉を顰めた。

どうやらこの白骨死体も自分と同じようにあの"幸せのサチコさん"のおまじないを実行してここへ飛ばされたようだ。

「役に立つかどうかわからんが、一応持って置くか」

仁王は少し迷った後、遺体が持っていた切れ端をズボンのポケットにしまって歩き出した。

すると角を曲がった所で誰かにぶつかり、仁王はよろめいて壁に手をついた。

「何じゃ、やっぱりお前さんもここに来てたのか」

「っ……仁王!」

顔を上げたブン太は仁王に気づいて目を見開いた。

「そんなに慌ててどうしたんじゃ」

仁王が尋ねると、ブン太は泣きそうな顔で仁王の服にしがみついた。

「仁王、俺、赤也を……っくそ、もう訳がわかんねえよ。なんであいつが自殺なんて……っ」

尋常ではないブン太の様子に仁王も真剣な表情を浮かべる。

「少し落ち着きんしゃい。一体何があったんじゃ?」

「っ……赤也が……」

ブン太はまだ動揺を隠し切れずにいたが、赤也の事を仁王に伝えて三階にある女子便所へと戻った。

吊るされたままの赤也を見て仁王は驚愕の表情を浮かべるが、さすがにこのまま放置して置くのは気の毒だと思い、ブン太の手を借りながら赤也の遺体を廊下に運んで寝かせた。

「なんでこいつが自殺なんて……急にいなくなったと思ったらこんな所で首吊ってるなんて……どうなってんだよ!」

赤也の死を目にしてブン太は頭を抱えながらうずくまる。

だが仁王は赤也の首に巻きついていたロープを見て訝しげな顔をした。

「トイレの中に底の抜けたバケツが転がっとったが、あれは最初からあそこに置いてあったのか?」

「いや、あれはユキが持って来たんだ。俺が赤也を支えてる間にあいつが首のロープを解こうとして……けどバケツが壊れて赤也は……」

「……」

仁王は少しの間黙り込み、それから女子便所の中をもう一度確認してから口を開いた。

「おかしいと思わんか?」

「何がだよ」

「ロープを天井の梁に通すだけなら赤也一人でも何とかなるが、ロクな足場もないのにどうやって一人で首を吊るんじゃ」

「え?」

「そもそも自殺するのになんでこの場所を選んだんじゃ?教室の方が足場になる机や椅子も置いてあるし、そっちの方が簡単じゃろ?」

「それは……そうだけど。もしかしたら俺達に見られたくなかったのかも」

「だったら個室の扉に鍵が掛かっていなかったのはもっと不自然だ」

「あ……」

仁王の言葉にブン太も冷静さを取り戻して頷いた。

「確かに、変だよな。なんでここで首なんか吊って……」

「赤也は自殺じゃない、誰かに殺されたんじゃ」

「!」

「犯人が人間なのか幽霊なのかはわからないが、少なくとも自殺でない事は確かじゃ」

「ゆ、幽霊って……そんなもんいる訳……」

「とにかくまずはユキを見つけるのが先ぜよ。単独行動は危険じゃ」

「そ、そうだな……。悪い、俺パニックになってあいつ置いて来ちまって……。どこ行ったんだ、ユキの奴……」

「ここにいないとなると、向こうもブン太を捜して校舎内を歩き回っとるんじゃろ」

「ああ……早く見つけねえと」

ブン太と仁王は赤也の遺体を廊下に残してユキの捜索を開始した。


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