第一章 追想

一階廊下の崩れた床の近くで幸村精市は朦朧とする意識と激痛に耐えながら、保健室へ向かった柳蓮二の帰りを待っていた。

「っ……」

切り取られた腕と足の切断面から夥しい血が流れ、全身から力が抜けていく。

それでもどうにか意識を保っていられたのは、柳と交わした約束があったからなのかもしれない。

唇を噛み締めながら必死に意識を繋ぎ止めていると、ふと目の前に誰かが立って自分を見下ろした。

「酷い怪我ですね」

「っ……」

僅かに顔を上げると、そこに1年A組の教室で出会った冴之木七星という女子生徒が立っていた。

メガネの奥に見える瞳は冷淡で重傷の幸村を前にしても眉一つ動かさなかった。

「忠告してあげたのに馬鹿な人達。でもこれでまたサンプルが増える……」

七星は廊下に転がっている切断された幸村の腕を見て口元を吊り上げた。

「っ……君が……」

「!」

重傷の幸村が言葉を発した事に七星は少し驚いた様子だった。

「まだ話すだけの体力が残ってるなんて……」

「っ……君が嘘を……ついてることは……気づいてた……」

「……それならどうしてあの時、お友達にそれを教えてあげなかったのですか?」

「この状況で……皆混乱している……君が嘘をついてると……赤也達が知ったら……全ての怒りや……憎しみが……君に、向くだろう……っ」

「……だから何も言わなかったと?」

「っ……生と死の境目が薄いこの場所で……騙されたと知ったら……彼らは間違いを犯すかもしれない……。部長として……真田達にそんな事はさせられない……!」

「……」

七星は黙って幸村を見つめていた。

冷たい瞳の奥で何を考えているのか、感情を読み取る事はできない。

やがて七星は呆れたように小さなため息をついて瀕死の幸村から視線を外した。

「あなた達が何をしようと興味はない。先生の取材の役に立つサンプルになればそれでいい」

そう言って七星は立ち去って行った。

一人残された幸村は鉛のように重い右腕を動かしてポケットから学生手帳を取り出すと、口を使ってページを破り、手帳に差してあったボールペンで遺書を書き綴った。

「っ……」

意識がだんだんと薄れていき、手が動かなくなっていく。

それは駅のホームで病に倒れた時の感覚に少し似ていた。

けれど今度ばかりは、助かる見込みはもうないだろう。

それならばせめて仲間にメッセージを残して置きたい。

柳が責任を感じて苦しむ事のないように。

ユキや赤也が絶望に押し潰されてしまわないように。

最後の力を振り絞って幸村は遺書が血に濡れてしまわないように壁の突起に遺書を無理やり突き刺して留めた。

「っ……真田……皆を頼む……」

その言葉を最後に幸村は意識を失い、二度と目を覚ます事はなかった……。


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