最終章 喪失
桃城達が地下を探索している頃、宍戸はユキと共に階段下の廊下で二人の帰りを待っていた。
壁に背を預け腕組みをしながら今まであった事を頭の中で整理する。
未だ跡部とは合流できていないが、この学校のどこかにいるのは間違いない。
しかし鬼碑忌から聞いたように、この天神小学校では同じ場所にいたとしても次元が異なれば出会うのは難しい。
桃城や海堂と出会えた事もただの偶然で、意図的なものではない。
そんな中、どうやって跡部と合流すればいいのか。
「……」
宍戸はため息をつきながらユキに目をやった。
先程に比べると今はだいぶ落ち着いているが、まともな会話ができる程、精神的に余裕はない。
相変わらず俯いたまま、ただ小さな声で"ごめんなさい"と謝罪の言葉だけを繰り返している。
「……ん?」
ふと何気なく階段の上に視線を移すと、踊り場に赤い服を着た少女が立っていた。
長い髪を垂らした小学校低学年くらいの少女で、じっとこちらを見つめている。
訝しげに思いながら声を掛けようとした時、後ろでユキの悲鳴が上がった。
振り返ると廊下の先にあのハンマーを持った男が立っていた。
歪んだ笑みを浮かべながらこちらへと近づいて来る。
「くそ、踏み破って来たのか!」
宍戸はユキの手を掴んで階段に足を踏み入れた。
「嫌っ、嫌だ!やめて!ここは嫌だ!!」
「んな事言ってる場合か!奴が来るぞ!!」
宍戸は抵抗するユキを半ば抱えるようにして無理やり階段を上った。
ここは一直線、廊下の向こうから奴が来ている以上、階段を上るしかないのだ。
「嫌!嫌だ嫌だ嫌だ!っ……嫌ああああ!!」
ユキの絶叫が響き渡るが宍戸は構わず階段を上った。
後ろから男が追って来るのが足音でわかる。
二階に上って廊下へ逃げようとした時、また校舎が揺れて天井が崩れ落ちて来た。
幸い宍戸とユキは無事だったが、崩れ落ちた天井により廊下への道は塞がれてしまった。
もう逃げ場は桃城達が向かった三階の校長室しかない。
「行くぞ、ユキ!!」
「っ……」
迷っている時間はなかった。
宍戸はユキを抱えて階段を上りきると校長室に飛び込んで内側から鍵を掛けた。
これでしばらくは時間が稼げるだろうがここは袋小路、逃げ場がない。
「何か武器になりそうな物とかねえのかよ!」
焦りながら辺りを見回した時、棚の横の壁が外れて穴ができている事に気づいた。
頭を突っ込んで確かめてみると、そこは狭い通路になっていて奥に縄梯子が見えた。
どこかに通じているらしい。
扉の向こうからはハンマーで殴りつける音と奇声が聞こえて来る。
「くそ、行くしかねえ!」
宍戸は震えるユキを通路へ押し込むと自分も中へ入り外れた板を元に戻して入り口を塞いだ。
通路の中は真っ暗だがもはや明かりを探している時間もない。
手探りで進むしかないのだ。
「ユキ、絶対手離すんじゃねえぞ!」
宍戸はユキの手を強く握り締めて通路を進み始めた。
通路は想像以上に長く深く続いており、いつまで経っても出口が見えて来ない。
闇の中を進む内に目は慣れて来たが、感覚が麻痺して進んでいるのか戻っているのかさえよくわからない。
それでも殺人鬼に追われている以上、前に進むしか選択肢はない。
やがて通路の先が少し広くなって深い地下洞窟に出た。
「学校の下にこんな場所があったのか……」
驚きながら足を踏み出した時だった。
地面が大きく揺れて亀裂が走った。
まずいと思った時にはもう、宍戸とユキの体は闇の底に飲み込まれていた。
1/6