第七章 邂逅

「朋ちゃん……」

保健室前の廊下で竜崎桜乃は途方に暮れるように呟いた。

扉の向こうからは親友・小坂田朋香の楽しそうな笑い声が聞こえて来る。

扉の上の窓から中の様子を窺っていた越前リョーマは、振り返って小さく首を振った。

「だめっスね。しばらく近寄らない方がいいみたいっス」

報告を聞いた2年生の桃城武は苦い顔で俯き、海堂薫は黙ったまま深いため息をついた。

校舎を探索している途中でおまじないの直後にはぐれた桜乃と朋香に出会えたのは良かったが、リョーマ達が合流した時には既に"あの状態"だった。

桜乃が転んで軽い怪我をした為、朋香は手当てをする為に保健室へと向かったのだが、そこに"子供の幽霊"が現れたのだ。

子供達は三人いたが、見るからに怪しくもうこの世のものでない事は一目瞭然だった。

黒髪の少年は全身血だらけで破れた服の間から覗く腹部は人体模型のようにぱっかりと開いていた。

おさげの少女は左目がなく、顔の半分が血で覆われ生気を失った青白い肌をしている。

もう一人の少女は着ている服から少女である事はわかるが、顎から上がない為、年齢もよくわからない。

初めて子供達を見た時桜乃も朋香も怯えたが、保健室で見つけた古い新聞記事で彼らが昔ここで起きた"児童連続誘拐殺人事件"の被害者である事を知り、無惨な姿の子供達を家で待つ幼い弟達と重ねてしまった朋香は彼らに同情しできるだけ優しく接するようになった。

しかし桜乃はどうしても幽霊の子供達に対する恐怖心が拭えず朋香を連れて保健室を出ようとしたが、それが子供達を刺激してしまったのか、朋香は何かに操られたかのように桜乃を無視して子供達と遊び始めてしまったのだ。

無理やり連れ出そうとしても、強い力で弾き飛ばされ朋香に近づく事さえできない。

途方に暮れていた時にリョーマ達と出会い、朋香を救う方法を考え始めたのだが、誰も良い案は浮かばなかった。

リョーマ達は桜乃に出会うまで困惑しながらも出口を探して校舎内の探索を進めていた。

その時は3年生の河村隆も一緒にいたのだが、教室を調べていた時にハンマーを持った男に河村が襲われ自分達の目の前で殺されてしまったのだ。

どうにかリョーマ達は逃げ切ったものの、河村を殺害した犯人がどこかに潜んでいるのではないかという恐怖がずっと拭えずにいる。

「なんでこんな事になっちまったんだ。くそ、悪い夢であってくれ!」

「今更ぐちぐち言ったって仕方ねえだろうが」

「仕方ねえってどういう意味だ、海堂!タカさんが殺されたんだぞ!」

「てめえに言われなくてもわかってる!」

「ねえ!」

言い争う桃城と海堂はリョーマの声に振り返った。

じっとこちらを見つめるリョーマの隣では、桜乃が保健室の壁を背にして泣いている。

元々この天神小学校へ飛ばされる原因にもなった"幸せのサチコさん"の話を持ち掛けたのは、桜乃と朋香だった。

春になったら卒業してしまう先輩達に何かしてあげたいと、一生の友情を誓い合うおまじないを見つけて教えたのだ。

結果的にそれが河村の未来を奪う原因になってしまった。

「……」

泣いている桜乃を見て、桃城も海堂も頭を冷やしてもう一度朋香を救う方法を考え始めた。

「あいつら昔起きた殺人事件の被害者なんだろ?その犯人ってまだ捕まってねえのか?」

「竜崎、新聞記事ってまだ持ってる?」

「っ……うん」

桜乃は涙を拭いてポケットから折り畳まれた新聞記事の切れ端をリョーマに渡した。

「確かに写真の奴らと同じ顔……だな。たぶん。じゃああいつらやっぱり幽霊なのか?」

「さあ。でも犯人については何も書いてないみたいっスね」

「……遺体が見つかったのは旧校舎の地下室。元は防空壕か」

「旧校舎って……まさか"ここ"か?」

床を指差して桃城が言った。

自分達が今いる場所に遺体が眠っていたのかと思うとぞっとする。

「発見された遺体は耳を切り取られるなど残虐な殺害方法で……。酷えな、これ」

リョーマが持つ新聞記事に目を通していた桃城は、ふと背後から肩を叩かれて後ろを振り返った。

「え?」

そこに立っていたのは見慣れない制服を着た同じくらいの歳の少女だった。

メガネを掛けたその少女はポケットから一枚の写真を取り出すと、それをリョーマ達に見せながら尋ねた。

「人を捜しているのですが、この人を見かけませんでしたか?」

写真に写っているのは和服の男性だった。

渋い色の着物を着ているので落ち着いた雰囲気ではあるが、まだ若い男性のようだ。

「いや、見てない」

思わずそう答えた所で、桃城はようやく我に返った。

「ていうか、あんたなんでここに!?俺達以外にもやっぱり人がいたのか!」

慌てる桃城を差し置いてリョーマが質問すると、少女は冴之木七星と名乗り、この天神小学校について知っている事を教えてくれた。

「マジかよ。じゃあここは現実世界じゃないってのか?」

「私は精神世界だと思っています。ここで体験した事は現実世界にも影響を及ぼし、ここで死ぬと魂が呪いに侵食されて永遠に苦しみ続けるのです」

「……」

桃城達は茫然としたまま黙り込む。

あまりにも衝撃的ですぐには頭が追いついていかない。

その中で誰よりも早く我に返り口を開いたのは、意外にも桜乃だった。

「朋ちゃんを……友達を助ける方法を教えて下さい!」

「助ける?」

桃城が事情を話すと、七星は窓から保健室の中を窺って考え込むように顎に手を当てた。

「あの子供達が事件の被害者なら、犯人の懺悔の声を聞かせれば正気に戻るかもしれません」

「犯人の懺悔?」

「新聞記事には犯人の名前は載ってなかったぞ」

海堂が言うと、七星は頷いてからもう一度口を開いた。

「あの子達が死んだ原因は"サチコ"にあります」

「サチコって、あのおまじないのか?」

「この学校のどこかにサチコが生前大切にしていた人形があります。サチコの魂が乗り移ったその人形の声を聞かせれば、あるいはお友達を助ける事ができるかもしれません」

七星が去った後、リョーマ達は顔を見合わせて話し合った。

「喋る人形なんか本当にあるのか?」

「知るか」

「けど何かの手掛かりにはなるかも」

「ここでじっとしてても仕方ねえしな。とにかくあいつが言ってた人形ってのを探してみようぜ」

「……あんたもそれでいいの?」

リョーマが尋ねると桜乃は強く頷いて言った。

「うん!何があっても朋ちゃんを助けないと……」

「よし、じゃあ行くぞ!」

「まだ奴がうろついてるかもしれねえ。油断するなよ」

リョーマ達は七星の助言に一縷の望みを託して人形を探し始めた。

それは危険と隣り合わせの行動だったが、朋香を救う為に桜乃もリョーマ達も必死で頑張った。

結果、桃城が1年C組の床の穴に引っ掛かっていた文化人形を見つけたが、それは想像以上に不気味な物だった。

見た目は至って普通の人形なのだが、その大きな瞳から赤いインクを零しながら"ゴメンナサイ"と囁き続けているのだ。

「本当にこれ持ってくのか?何つーか、呪いの人形みたいに見えんだけど……」

「みたいじゃなくて、呪いの人形なんでしょ」

「魂が乗り移ってるとか言ってましたよね……」

「……」

桃城と海堂は青白い顔で一歩後ろに下がる。

後輩の手前強がってはいるものの、元々こういうオカルトチックなものは苦手なのだ。

「これで朋ちゃんを助けられるなら……!」

桃城達が怯える中、桜乃が人形を掴んで立ち上がった。

今の桜乃の頭の中は親友を助ける事で精一杯で、いかに不気味な呪い人形と言えど他の事に構っている余裕はないのだろう。

リョーマ達は保健室前の廊下まで戻って来ると、意を決して扉を開けた。

部屋の中では朋香が幽霊の子供達に取り囲まれながら楽しそうに笑っている。

「……よ、よし。やるぞ」

桃城の言葉に全員が息を呑む。

「これを聞いてくれ!」

桃城が人形を突き出すと、子供達が一斉にこちらを振り返った。

人形はずっと"ゴメンナサイ"と謝罪の言葉を繰り返している。

「……」

長い沈黙が訪れた。

人形を持った桃城も、壁際に佇むリョーマや海堂も、祈るように両手を組む桜乃も全員が黙り込んで様子を見守る。

やがておさげの少女がゆっくりと立ち上がって桃城の方に近づいて来た。

「っ……」

怯えながらもどうにかその場に踏み止まる桃城だったが、少女が片手を前に突き出すと桃城は人形を持ったまま後ろに吹っ飛んだ。

「桃先輩!!」

「てめえ……!」

壁に激突した桃城をリョーマが支えて海堂が幽霊の少女を睨みつける。

「どうして……!」

茫然と佇む桜乃はその時になってようやく気づいた。

おさげの少女には"耳"が無かったのだ。

黒髪の少年も、もう一人の首のない少女にも当然"耳"が無い。

つまり人形の懺悔は勿論、自分達の声ですら子供達には聞こえていなかったのだ。

保健室で見つけた新聞記事に、被害者の子供達が"耳を切り取られるなど残虐な殺害方法で"と記されていたのを思い出す。

「そんな……っ」

今更気づいた所でもはや手遅れ。

子供達は遊んでいるのを邪魔されて怒ったのか、保健室にある物を手当たり次第に吹き飛ばしてリョーマ達を攻撃した。

「うわ!」

「伏せろ!」

椅子や本、ベッドまでが凶器となって部屋の中を無差別に飛び回る。

そんな中、桜乃は必死で床を這いずりながら笑っている朋香に近づいてその両肩を掴んだ。

「朋ちゃん!しっかりして!!」

朋香は相変わらず宙を見つめたまま笑っているが、桜乃は諦めなかった。

「お願い、朋ちゃん……元に戻って!」

無我夢中で朋香を抱きしめながら訴えかけると、桜乃の思いが通じたのか朋香は正気を取り戻して茫然と桜乃を見つめた。

「桜乃……?あれ?何して……」

「朋ちゃん!」

桜乃が目に涙を浮かべながら微笑む。

朋香が正気を取り戻した事を知った海堂は、保健室の扉を開けて叫んだ。

「早く外に出ろ!!」

リョーマが桜乃の手を引き、未だ状況を飲み込めずに困惑する朋香を桃城が引っ張って廊下に連れ出した。

全員が出たのを確認して桃城と海堂が保健室の扉を閉じる。

「よし、逃げるぞ!」

「急げ!」

駆け出そうとした桃城達だったが、保健室の扉ごと吹っ飛ばされて壁に激突し、朋香が悲鳴を上げた。

「嘘だろ……」

いつかテレビで見たように朋香の体が宙に浮きふわふわと漂っている。

しかしこれはマジックショーでも何でもない。

「朋ちゃん!」

床に倒れた桜乃が宙に浮かぶ朋香に手を伸ばすが、それより早く朋香は凄まじいスピードで廊下を飛んで行った。

遊園地のジェットコースターのように風を切りながら宙を飛んで行く朋香。

悲鳴があっという間に遠ざかって、そして消えた。

「……朋ちゃん?」

全員の顔から血の気が失せていた。

「小坂田!!」

立ち上がり廊下を駆け抜け朋香が消えた方へと向かう。

行き着いた先にあったのは、壁だった。

どす黒く汚れた壁がとても言葉にはできないような強烈な臭いを放っている。

床に広がるどろっとした液体と肉片の間に見える白い粉と砕かれた人間の骨。

何も知らなければただの汚物としか見えなかったであろうそれは、確かに人間の体だった。

肉片の間から見える髪の毛がまるで別の生き物のようにうねっている。

「あ……嫌ああああああ!!」

絶叫と共に桜乃はその場から逃げ出した。

目の前に広がる"友達だったもの"を否定するように。


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