第一章 天神小学校

9月初旬、その日の立海大附属中はいつにも増して賑やかだった。

今日は皆が待ちに待った記念すべきお祭り、海原祭当日。

所謂、文化祭である。

2年D組の教室では模擬店が設置され、オムライスなどの簡単な食事やデザートが提供されていた。

他にも模擬店をテーマにしたクラスはたくさんあるが、今年のD組はその中でも大盛況だった。

その理由は提供する料理でも教室内の飾りつけでもなく、おそらく"女子生徒の服装"なのだろう。

D組の女子は皆、"メイド服"を着ているのだ。

海原祭の出し物についてのアンケートで最も投票が多かったのがメイド喫茶だったのだ。

生徒会の許可が下りるかどうか不安はあったが、意外とすんなりオーケーが出た。

そういう訳で、D組の生徒である跡部ユキも心配性の兄が見たら卒倒しそうな程愛らしいメイド服を着ていた。

調理や接客は時間ごとに交代で行っていたが、大盛況の為、ユキは交代の時間が来てもなかなか持ち場を離れる事ができなかった。

また新しいオーダーが入り、ユキは可愛らしいおじぎを残して裏方へと戻る。

「オムライス2つ入ったよ!」

ユキの言葉に裏方で調理をしていた女子生徒が皿にオムライスを乗せて横にいた男子生徒の前に差し出す。

男子生徒は手慣れた様子で持っていたケチャップでできたてのオムライスに大きなハートマークを描いた。

「上手になったよね、赤也」

「そうそう、もうプロ並みじゃん」

二人に褒められた切原赤也は頬に飛んだケチャップにも気づかないまま得意そうに笑った。

最初は嫌々やっていた赤也だったが、オムライスが好評だと知るとだんだんやる気に満ちて来て、今ではプロ顔負けの腕前だ。

赤也が仕上げたオムライスを運ぶユキは、綺麗に描かれたハートマークを見て複雑な笑みを浮かべる。

この愛らしいハートマークを描いているのがメイド服を着た女子生徒ではなく、格闘ゲームが大好きな男子生徒である事を客達が知ったら一体どんな顔をするのだろうか。

少し見てみたい気もするが、赤也の名誉の為にもここは黙って置く事にする。

「やあ、大盛況だね」

オムライスを置いて裏に戻る途中、新しく入って来た客に呼び止められてユキは足を止めた。

そこにいたのは男子テニス部部長の幸村精市と副部長の真田弦一郎だった。

「幸村君!真田君!来てくれたんだ!」

「柳から面白い話を聞いてね。ふふ、その服もとても可愛いよ」

「ありがとう!」

幸村に褒められてユキは嬉しそうにその場で一回転してみせる。

「ほら、真田も黙ってないで何か言ってあげなよ」

幸村に話を振られた真田は少し戸惑いながら慌てて言った。

「に、似合っている」

厳格な真田にはてっきりスカートが短いと叱られると思っていたユキは、少し驚きながらも笑顔で二人をテーブルへと案内した。

席に着くと幸村は手書きのメニューを見る前にオムライスを注文した。

「真田君もオムライスでいいの?」

「ああ。蓮二の薦めだからな」

「わかった。ちょっと待っててね」

裏方へ戻ったユキはさっそく注文を伝えるが、エプロン姿の赤也を見て柳の思惑がわかったような気がした。

「うーん……やっぱり蓮二君気づいてたのかな」

「ん?何か言ったか?」

「ううん。あのね、向こうに幸村君と真田君が来てるの」

「げっ、真田副部長が?」

条件反射的に赤也は顔を引きつらせる。

「俺がいること部長達に言ってないだろうな?」

「うん。でも別に悪いことしてる訳じゃないしいいと思うけど、むしろよく頑張ってるなって褒められるかもよ?オムライスが大人気になったの赤也のおかげなんだから」

至って正直にユキが言うと、赤也は慌てて首をぶんぶんと振った。

「絶対言うなよ!こんな格好先輩達に見られたら大笑いされるに決まってんだから!」

「そうかなあ?」

ユキは首を傾げながらエプロン姿の赤也を見つめる。

確かに普段元気に外を走り回ってる赤也からは想像もつかない可愛らしいエプロンをつけているが、思いのほか似合っている。

このエプロンは持参するのを忘れた赤也の為に同じクラスの女子が用意した物だ。

フリルが付いた女性用のエプロンだが、D組の生徒は忙しさも相まってすっかり見慣れてしまっている。

午前中に来た柳は裏方にいる赤也の姿を見ていないはずだが、もしかしたら気づいていたのかもしれない。

それからしばらくして、ユキはようやく休憩に入る事ができた。

「切原君もお疲れ様!代わるから休憩入っていいよ」

「やっとかよ。あー疲れた」

エプロンを外しながら赤也は固まった肩をほぐすように腕を回す。

「お腹減ったねー。行きたい所いっぱいあるんだけどまずはご飯かな」

「それはいいけど、お前そのまま行くのか?」

「だって着替える時間も惜しいんだもん。お化け屋敷とかで仮装したまま回ってる人達もいるし、そんなに目立たないでしょ?」

「まあな。じゃ行くか!」

「うん!」

元気よく返事をしてユキはメイド服のまま教室を後にする。

いつもとは少し違う楽しい日常を満喫してその日は終わった。

翌日もD組のメイド喫茶は大盛況で、ホールで行われている演劇やイベントなどを楽しんで海原祭は終了した。

教室の後片付けを終えてユキと赤也がミーティングルームを訪れると、そこには既に男子テニス部のレギュラー達が顔を揃えていた。

「全員揃ったな」

「あれ、ブンちゃんは?」

「トイレに行っている。すぐに戻って来るだろう」

3年の丸井ブン太が戻って来た所で、部長の幸村が口を開いた。

「皆、お疲れ様。今年はアクシデントもなく無事に終わって良かった。さっそくだけど、ユキ」

「はい!」

ユキは鞄の中から人型に切り取られた一枚の紙を取り出してテーブルの上に置いた。

「人形……いや、形代か?」

「さすが蓮二君。これはね、"幸せのサチコさん"っていうおまじないに使う人形なの」

「おまじない?」

「女子ってホントそういうの好きだよなあ」

呆れたように笑うブン太を無視してユキはやり方を説明する。

「この人形を皆で掴んで、サチコさんお願いしますって心の中で人数分唱えるの。唱え終わったら皆で人形を引っ張ってちぎって、その切れ端をお財布とかに入れてずっと持って置くと一生友達でいられるんだって!」

「へえー、変わったまじないだな」

「ただの紙切れじゃん。ホントに効果あるのかよ」

「いや、あまり馬鹿にはできないぞ。昔、陰陽道で使われていた式神なども形代を用いたと言うからな」

「占いやおまじないもルーツを辿ると意外と古く伝統的な行事が元だったりしますから」

「物知りじゃのう」

ざわつく室内を制して幸村がもう一度口を開いた。

「海原祭も終わって、俺達3年はもうすぐ卒業だ。だからどうしても皆で何かやりたいとユキに相談されてね。卒業前に一度全員で旅行に行く事になっているが、これなら場所も取らないしすぐにできるだろう?」

「切れ端をずっと持っていれば離れていてもまた会えるような気がするからいいかなって。このおまじないを教えてくれた友達も部活の皆でやるんだって言ってたし」

「ま、いいんじゃねーの。今日の記念にもなるし」

「そうだな」

「ありがとう!じゃあ皆、どこでもいいから人形を掴んで。唱えてる間、絶対に手を離したりしちゃダメだからね」

赤也達は立ち上がってユキが持つ人形をぞれぞれ掴んだ。

「口に出さないで心の中で唱えるんだっけか」

「うん。サチコさんお願いしますって人数分唱えるの」

「ってことは、9回か」

「間違えんなよ、赤也」

「そういう丸井先輩こそ数え間違えないで下さいよ」

「皆、静かに!それじゃあ唱えるよ」

幸村の号令に全員が口を閉じる。

目を閉じながら心の中で唱える者もいれば、じっと人形を見つめている者もいる。

心の中で9回唱え終わったユキは、そっと目を開けて全員の顔を見回した。

3年の幸村達はもうすぐ卒業してしまう。

普通の中学校に比べれば卒業しても会える可能性は高い。

けれどもう同じ時間を共有する事は少なくなってしまうだろう。

体が弱く引っ込み思案だったユキは、元々通っていた中学校を病で留年し、この立海大附属中に転入して来た。

最初は色々戸惑う事も多かったが、男子テニス部のマネージャーとして皆を支えながら全国大会で優勝できた事は一生の思い出だ。

これからもずっと大切な仲間でいたい。

遠く離れる事があっても、いつかまた会えた時に今と同じように笑い合いたい。

たとえ気休めであっても、同じ時、同じ瞬間を共有した事を忘れないでいたい。

「……皆、唱え終わったかい?」

「ああ」

「それじゃあ人形をしっかり掴んで。……よし、ちぎるよ」

白い人形が九つの切れ端となって全員の手に収まる。

願いは、成就された。

一生切れる事のない絆……一生離れる事のない永遠の世界へ。


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